いつまでもアメリカン。http://foreveramerican.blog89.fc2.com/ --- 悪魔(R18) --- -- 1 -- 「今日も暑いなあ」 そんな言葉が挨拶代わりになっている、今日この頃。 うちの会社はクールビズを推奨しているので 夏らしく半そでのワイシャツを着ているが、それでも暑い。 クールビスの代わりに空調の温度が28℃に設定されているからだろう。 そもそもパソコンが商売道具であるIT企業で、28℃という設定温度は高すぎる。 一フロアに何十台もパソコンが置いてあり、それぞれが排熱しているのに。 役所指導の設定温度だと総務は言っているが お役所が決める基準は、現場のことなんて何も考慮されてないんじゃないか。 「菅原君、長袖でよく暑くないねえ」 大きなうちわで勢いよく扇ぎながら、部下の千葉さんが話しかけたのは 協力会社から出向してきている菅原君だった。 「ええ、これくらいで丁度いいですよ」 キーボードを打ちながら、涼しげな表情でそう答えている。 「あたしなんて、この格好でも十分暑いよ」 キャミソールに薄手のカーディガン、フレアのミニスカートにヒールの高いサンダル。 それ以上薄着は無理だろう。 って言うか、その格好は逆セクハラだ。 はは、と愛想の良い笑みを向けて仕事に戻る彼は、そんな千葉さんの格好とは対照的で 上着すら着ていないものの、長袖のワイシャツにネクタイまで締めている。 袖口を開けて捲くる者も多いが、それすらしていない。 協力会社の社員だからと言って、特に服装に関しては定めていないし 彼の会社だって、今時分はクールビズを推奨しているはずだ。 若干違和感を感じつつ、個人の志向もあるだろうと、特に気にはしなかった。 今うちの部署で手がけているのは、大手食品会社のシステム構築。 3ヶ月前からプロジェクトが動き出し、マスターアップまではまだ時間があるものの クライアントからの要望に応える為、度々深夜作業に及ぶこともある。 今日も、そんな日だった。 夕方先方から連絡があり、明日予定されていたプレゼンの内容の変更が通達された。 部署の中で数人が残り、変更作業を進める。 プロジェクトマネージャーである上司が出張で外しているため 変更内容のチェックは、俺の仕事になった。 とは言え、作業が一段落するまで、俺の出番は無い。 自販機でコーヒーを買って、喫煙スペースへ向かった。 電気がついていることで、先客がいることを知る。 残業に駆り出された菅原君だ。 お疲れ様、と声をかける前に、目に入ってきたのは袖を捲くった彼の腕だった。 彼はその視線を感じたのか、急いで袖を下げ、ボタンを留める。 「お疲れ様です。松尾さんも大変ですね」 そう言って、あの愛想の良い笑みを浮かべた。 けれど、明らかに目は動揺していた。 彼の腕には、いくつもの傷がついていた。 手首には、きつく縛られたような跡。 肘から下の部分には、火傷や何かで引っかかれたような傷。 それらが両腕に、生々しく残っていた。 「お先に失礼します」 そう言って立ち去ろうとする彼に、疑問を投げかけようとした時 彼はこちらを振り向いて、目で訴えてきた。 何も聞かないでくれ、そう言っているように見えた。 -- 2 -- あれから、半月ほど。 夏は益々勢いを増し、人間の気力を奪っていく。 しかし、菅原君は相変わらず長袖にネクタイと言ういでたちだった。 残業中に喫煙スペースで彼に出会っても、袖を捲くっていることは無かった。 傷を隠す為に、あの格好をしていることは明白だったが 興味本位で質問することも悪い気がして、何も聞かなかった。 そんな中、暑気払いが行われた。 プロジェクトメンバー全員が参加するものだから、店は貸切。 久しぶりの息抜きと言った感じで、大いに盛り上がった。 気になる話を聞いたのは、三次会の席。 流石にそこまで行くと参加者は極少数で、飲んだくれの集まりになった。 「そういや、あの菅原ってのは、松尾のところのメンバーだったな」 不意にそう聞かれた。 仕事も出来るし、人となりも良い彼の話がここで出てくるとは思わず、少しうろたえる。 「あいつねぇ、前はちょっとやばかったらしいぞ」 どうやらそれは、うちに来る前にいた現場の話らしい。 今のプロジェクトよりは小規模のシステム設計に携わっていた時 頻繁に欠勤することがあったそうだ。 フラフラのままで出勤し、そのまま職場で倒れてしまったこともあると言う。 「介抱した社員が言うには、体中、傷だらけだったんだってよ」 仕事に問題は無かったが、結局その現場は他の社員に引継ぐ事態になったとのこと。 今の状況からは、とても想像できない。 「その後、あいつはSMにはまってるって言う噂が流れたらしいからな」 あの時の光景を思い出した。 傷だらけの腕を隠し、そそくさと去っていった時の彼の表情。 飲んだくれ共は、笑い話として昇華してしまったようだが 俺の中には、わだかまりが残ったままだった。 暑気払いの後、プロジェクトはいよいよ忙しさを増してきた。 おしゃれにうるさい千葉さんの格好も、Tシャツにジーパンとラフなものになり 現場の雰囲気もピリピリし始めている。 その中で、菅原君の格好だけは、相変わらず変わっていなかった。 今晩は終電にも間に合いそうも無いな、そう観念した夜。 いつものように眠気覚ましのコーヒーを持って、喫煙スペースへ向かった。 電気は点いておらず、先客はいないようだった。 そう思って中に入ったものだから、隅に人影を見つけ、ドキッとさせられる。 「何だ、びっくりした。電気くらい点けたら良いのに」 中にいたのは菅原君だった。 「すみません、すぐ出るから良いかと思って」 そう言った彼の袖は捲くられていたが、薄暗い中で傷までは見えなかった。 そこまでしても見られたくないって事か。 忙しさに、少しいらついていたのかも知れない。 俺は、立ち去ろうとする彼の腕を掴んで、聞いてみた。 「その腕の傷は、何?」 彼は俺から視線を反らし、押し黙る。 「それを隠す為に、いつも長袖なんだよね」 「別に、何でもありません」 腕を振り払おうとする拍子に、彼のうなじが見えた。 こんなところにも、傷がある。 「SMでついた傷なんだって?」 はっとする彼の表情に、噂が本当であったことを悟る。 「……もう行かないと」 単に意固地になっていただけなのか。 彼を喫煙スペースの中に引き戻し、窓際に追いやる。 逆光になっていて、彼の表情はよく分からなかったが 薄い闇に溶けた顔には、不安と困惑が混ざっているように見えた。 「前の職場で、問題起こしたって聞いたよ」 彼はうつむいたまま、声を絞り出す。 「こちらでは、迷惑はおかけしてないつもりです」 「でも、まだ続けてるんでしょ?」 「それは……仕事には支障が出ないようにしています」 俺に元々加虐的な嗜好があったのかどうかは分からない。 今まで男相手に欲情したことも、もちろん無かった。 「口開けて」 冷たい笑みを浮かべていた気がする。 「え……?」 俺は彼の首筋を掴み、彼の口の中に舌を突っ込んだ。 喉の奥から、くぐもった声がする。 苦しそうな表情が、よく見えた。 しばらくすると、硬直していた彼の舌は段々と従順になってきた。 かすかな水音が辺りに漏れる。 「その表情、凄いそそられるね」 肩で息をする彼を見ながら、わざと意地悪く言ってみた。 「男にされても、感じたりするわけ?」 肩から下に、体を撫でていく。 彼が言葉を発したのは、手が下半身にかかる頃だった。 「……やめてください」 その言葉が引き金になることを、彼は分かっていたのかも知れない。 -- 3 -- この時間、当然のことながら会社のビルの玄関は閉まっているので 残業の憂き目に会った社員たちは、裏の通用口から出て行くことになっている。 1階のトイレは、この通用口の反対側にある為、目につきにくく 社内恋愛を楽しむカップルたちの情事の場所になっていると言う話も聞いていた。 ガランとした男子トイレの中は、得も言われない雰囲気に満ちていた。 「そこに座って」 アゴで指し示した先には、便器がある。 彼は、何も言わずに座った。 キッチリ締められたネクタイを外し、腕を便座のフタの後に回して、手首を縛る。 「どんな気分?」 顔を伏せたまま、彼は首を振った。 ワイシャツのボタンを外していく。 中に来ているTシャツをたくし上げると、若干痩せ気味の上半身が露わになる。 腕と同様、多くの傷がついていた。 感触を確かめるように、胸から腹、わき腹へと手を滑らせる。 単にくすぐったいだけなのか、痛みを感じているのか。 それとも、被虐心から生まれる感覚を思い出して来ているのか。 彼が小さく反応する度、俺の高揚感は増して行った。 男の体をこんな風に触るのは、初めてだった。 俺自身も、女性にそれ程触られることは無かったから 何処がどう感じるのか、探り探り手を動かす。 彼の体は、徐々に敏感になっているようだった。 乳首を軽くつまんでやると、深い息を吐き出す。 頃合いを見て、ベルトに手を伸ばした。 「もう……勘弁してください」 俺は興奮していた。 彼の懇願すら、背中を押すきっかけでしかなかった。 ジッパーを下ろし、トランクスから彼のモノを引きずり出す。 「ここでやめていいの?」 硬くなった部分の先は、わずかに濡れていた。 液体を塗り広げるように、撫で回す。 下を向いて快感に耐える彼。 堪らなかった。 まるでおもちゃを弄るように、彼のモノを扱く。 絶頂が近いと分かると、手を緩める。 それを繰り返す。 彼が必死に声を押し殺しているのが分かった。 反対の手で、俯いている彼の顔をこちらに向けさせる。 かすかに潤んだ目から、抵抗の二文字は消えかかっていた。 「声、聞かせてよ」 切ない表情を浮かべながら、唇をかみ締める。 俺の中には、もう加虐心しかなかった。 彼の口の中に無理矢理指を入れ、そのタイミングでもう一方の手の勢いを強める。 苦しげながら快感に溺れる声が、トイレの中に響いた。 まるで自分の声に反応するように、彼のモノは張り詰めて行く。 そして、また、ふと手の動きを止める。 彼の目は、求めるように、俺をまっすぐに見ていた。 「どうして欲しいの?」 分かりきった答えを、彼の口から聞きたかった。 この期に及んで、彼は押し黙る。 顔を彼の耳元に近づけて、もう一度聞いた。 「どうして欲しいのか、言えよ」 数秒の沈黙の後、消え入りそうな声で、答える。 「……イかせて下さい」 彼を屈服させることに対して、快感を覚えていた。 ちょっと前までは、監督者として彼を見守っていたのに 今は、うなだれる彼を見下ろして、悦びを感じている。 「じゃあ、先に、俺をイかせてくれる?」 俺自身も、だいぶ熱が上がってきていた。 大きくなったものを取り出し、彼の顔に近づける。 彼もこんな行為は初めてなのだろう。 目を逸らし、迷いの表情を浮かべる。 敢えて何も言わずに彼の顔を見つめていると やがて、彼は俺のモノを口に含んだ。 フェラチオの気持ち良さは、セックスとはまた違う。 性器を口の中に挿入し、通常ありえない形で性処理をさせる支配感。 それが大きいのかも知れない、と思う。 彼のフェラチオは非常にたどたどしいものだったが この異常な状況が快感を増幅させているようで 時間はそれ程かからなさそうだった。 「ちゃんと、全部飲んで」 快感がピークを迎える寸前、俺は彼の頭を押さえつける。 喉の奥に異物が入り込んできた違和感に、彼は呻き声を上げ 直後、俺は果てた。 彼の口の中に、精液が充満していくのを感じる。 半泣きの彼は、言われた通り、全てを飲み干した。 -- 4 -- 彼から離れ、服装を整える。 何度もむせながら、喉に残る妙味をかき消そうとしている彼を見下ろす。 「よく頑張ってくれたからね」 その場にしゃがんで、真正面から向き合う。 少し伸びた彼の髪を撫でながら、モノを再び弄りだす。 視線は逸らさせなかった。 彼が上り詰める表情を見つめながら、手に力を込める。 手指から伝わる感覚で、彼の昂りが分かった。 「我慢しなくて良いよ」 そう囁くと、彼は押し殺した喘ぎ声を上げて、イった。 彼の手の自由を奪っていたネクタイを解く。 元からあった傷の上に、新しい跡が上書きされていた。 手首をさする彼を見て、つい言葉が出る。 「……すまない」 その言葉を聞いて、彼は俺を見上げる。 目は潤み、上気した顔色だったが、表情は冷たかった。 先に行ってくれという彼を残し、俺はその場を離れた。 エレベーターの中で、気持ちを落ち着ける。 昂揚の後にやってきたのは、後悔だった。 彼の性癖があったにせよ、ここでは俺が上司であって 裁量一つで、彼の立場はどうにでもなる。 彼の中には、そんな恐怖もあったに違いない。 最後に向けられた表情が、頭から離れなかった。 彼が戻ってきたのは、ずいぶん経ってからだった。 手には、コンビニ袋が提げられている。 「何処行ってたんだよ?」 そんな同僚の言葉に、彼はいつもの愛想笑いを浮かべて言った。 「気分転換に散歩したついでに、いろいろ買ってきたよ」 丑三つ時を回り、どんよりしていた雰囲気が、少し緩和される。 「そういや、ネクタイどうした?」 ハッとして彼を見ると、ワイシャツのボタンは上まで留められていたが ネクタイはしていなかった。 「ああ、さっき煙草で焦がしちゃったから、外したんだ」 「子供じゃあるまいし、何やってんだよ」 俺一人が、笑えなかった。 さっきまでの余韻は、シャツについた皺に残っているくらいで、他には何も無かった。 それからも、日常は変わらなかった。 心なしか彼に避けられているような気もしたが 実のところ俺が避けていたのかも知れない。 思わぬきっかけで目を覚ました加虐心も、あれ以来眠り続けている。 久しぶりに深夜残業に突入した夜。 ふと彼の席を見ると、姿が見えなかった。 何処にいるのかは、予想できた。 電気が点いていない喫煙スペース。 まばらに置かれたパイプ椅子に、彼は浅く腰掛けていた。 「お疲れ様です」 腕の傷は、もう大分消えていたようだった。 その視線に気がついたのか、彼は苦笑しながら言った。 「最近は、行かなくなったんで」 その後に続く言葉を、彼は飲み込んだ。 席を立つ雰囲気は無かった。 自分の煙草に火を点け、彼の顔を見る。 街の灯りをほのかに受けた目は まるで俺の中の悪魔を待ちわびているように、輝いていた。 Copyright 2010 まべちがわ All Rights Reserved.