いつまでもアメリカン。http://foreveramerican.blog89.fc2.com/ --- 希求(R18) --- -- 1 -- 「坂本さん、柴田さんから外線2番です~」 夕方の定時前。 厄介な客先から電話がかかってくる。 昨日、見積りを提出した物件に関してだろう。 毎度毎度、値切り交渉をしてくることは分かっているけれど。 「お電話替わりました。坂本です」 「ああ、イマイ建設の柴田ですけど。見積りの件でちょっと」 やっぱり。 「あれくらいの物件になると、それなりに人工もかかりますし」 「うちもそんなに貰ってないんだよねぇ」 元受の常套句だ。 「スケジュールも厳しいので、せめてその金額くらいは頂かないと」 「工期調整すれば、もう少し下げてくれる?」 出来るなら初めにやれよ。 「ちょっと上と相談させてもらって宜しいですか?」 「じゃ、江口さんに、明日電話するように言っておいて」 「お伝えします」 金額交渉は、いつまで経っても苦手だ。 そもそも設計である俺がそこまでしなきゃならないのは うちが小さな構造設計事務所だから。 基本的に、営業活動は数少ない営業部隊がやるのだが 見積り提示に限っては、物件を担当する設計者が行っている。 「安藤さん、江口さんの明日のスケジュールってどうなってたっけ?」 江口さんと言うのは、営業部隊のトップ。 コツコツ外回りをするタイプで、実に顔が広く、頼りになる存在だ。 帰り支度を始めていた事務の安藤さんは、少し不機嫌な風にカレンダーを見る。 「朝は出社するようですよ。10時には出ちゃうみたいですけど」 「そう。ありがとう。お疲れ様」 「お先に失礼しま~す」 「柴田さん、また値切りか」 同僚の片山が話しかけてくる。 「ま、いつもの感じでね」 「後は江口さん任せだな」 江口さんが出て行けば、大抵の見積りは最低でも8割で通る。 会社は営業で持ってるってのを、毎回実感させられる。 「お前、まだ帰らないの?」 「ああ、今やってる川崎の物件、ちょっと検討してから帰るわ」 「そいつも安い物件だからな、あんまり無理するなよ」 この不況で、建設業界全体はまだまだ冷え込んでいる。 当然そのしわ寄せは、うちみたいな下請けにやってくるわけで 会社の経営こそ傾いてはいないが、うちの会社も大分厳しい。 出来るだけ残業はしないようにと言うお達しもあり、サービスの日も多くなっている。 転職を考えることもあるが、もう30歳間近なこともあり、同じ業界にしか可能性は残っていない。 それじゃ、何の意味も無い。 翌朝の地下鉄は、いつものように混んでいた。 乗る駅から降りる駅までは30分ほどあるが 始発駅からも離れているので、まず座ることは出来ない。 概ね同じ車両の、同じような位置に立つ毎日。 今日は少し混雑気味なのか、いつもより奥に押し込められる。 その時、下半身の辺りに、何かが触る感覚があった。 混んでる電車ではよくあることだ、そう思い、そのままにして電車を下りた。 会社に出社すると、既に江口さんが席に座っていた。 昨日の柴田さんの件を話すと、苦笑する。 「またか。あの人はいつもだな」 「俺、なめられてるんですかね」 「まだまだひよっ子と思ってるところはあるだろうけどな」 この業界、経験が全てと言っても過言ではない。 もう8年目になるけれど、一回り以上の柴田さんにしてみれば 俺は生意気な小僧でしか無いのかも知れない。 「後で電話しておくよ。スケジュール調整できれば、ちょっとは下げてもいいのか?」 「ええ、大丈夫です」 やっぱり、頼みの綱。 夕方、外回りをしている江口さんから電話が入る。 「柴田さんの件な、とりあえず話つけたから。見積書訂正して送っておいてくれるか?」 提出期限を延長してもらう代わりに、金額は当初の9割。 想定していたよりも、ずいぶんまともな金額だ。 早速見積書を訂正して、メールで送りつける。 先方の定時は過ぎていたが、試しに電話を入れてみた。 案の定、柴田さんは既に帰宅。 全く、いいご身分だ。 -- 2 -- 次の日の朝から、地下鉄の中での時間に、ある変化が起きた。 乗ってから数駅過ぎると、誰かに下半身を触られる感覚がする。 腰から、尻を過ぎて太もも辺りまで。 初めは、違和感、と思うくらいの触り方だったが 日を経るにつれ、段々と大胆になって行った。 探るように背後を確かめるが、怪しげな人物は見当たらない。 片手でカバンを持ち、片手で吊り革を掴んでいるが 捕まえようと吊り革を離すと、その手は何処かへ去ってしまう。 体を動かそうとすると、隣の女性が怪訝な顔をする。 男でも痴漢に遭うと言うことは、話には聞いていたが まさが自分がその憂き目に遭うとは、思ってもいなかった。 誰だか分からないヤツに執拗に触られることは、気持ち悪い以外の何物でもない。 けれど、女性が痴漢に遭っても声を上げられない気持ちも分かった。 いざとなると、何も出来ない。 何よりも、男が痴漢に遭っていると言う状況を明白にすることが恥ずかしかった。 電車に乗る時間を変えても、次の日には同じことが起きた。 ヤツは誰でも良いと言う訳ではない、と言うことを悟る。 ターゲットは、明らかに俺だった。 顔やスタイルに魅力があるとは思えない。 もちろん、若くも無い。 どうして、俺なんだ。 仕方なく、次の週から出勤経路を変えた。 自宅の近くからバスでJRの駅まで行き、違う路線に乗る。 しばらくは落ち着かなかったが、何も起こらず1週間ほど過ぎると ストレスも大分軽減されていた。 「坂本さん、柴田さんから外線1番です~」 以前見積りでもめた物件は、一先ず動き出していた。 現地調査・地質調査の結果もまとまり、意匠から上がってくる図面を元に 杭形状や基礎、躯体の検討に入っている。 柴田さんからの電話の内容も、その件でのものだった。 一通りの話の後、柴田さんの声のトーンが、明らかに変わった。 「逃げちゃダメだよ」 「……何のことでしょう」 「分かるだろう?」 俺が最近逃げたこと、それは一つしかなかった。 「君の為にも、会社の為にもならないよ?」 まさか、と思い、言葉が続かない。 鳥肌が立つ思いだった。 顔もこわばっていただろう。 「君の会社への影響力が、僕と君、どちらが大きいか、分かるだろ?」 ふと、江口さんの顔が浮かんだ。 柴田さんは、うちの会社にとってはお客さんだ。 どんなに気難しい客も、江口さんを初めとする営業部隊の努力のおかげで うちへ仕事を回してくれ、金を払ってくれる。 「明日は、いつもの時間に地下鉄に乗るんだ。良いな」 そう言って、電話は切れた。 「どうした?何か言われたか?」 動揺を隠せなかった俺の様子を見て、片山が声をかけてくる。 「いや、何でもない。折り合いつけなきゃいけない部分があってね」 「細かいとこ突付いてくるのは、あそこの会社のお家芸だからな」 同僚を軽口を叩いたところで、気分は落ち着かなかった。 俺が拒絶すれば、柴田さんだけではなく、イマイ建設との関係に亀裂が入るかも知れない。 俺が受け入れれば、そうは言っても、電車の中で尻を触られるだけならまだしも あの声からは、とてもそれだけでは済まない雰囲気が漂っていた。 どちらにせよ、最悪な状況しか想像できない。 逃げ道は、もう、見えなかった。 -- 3 -- 翌朝。 季節外れの暑さだったのは覚えている。 バス停を通り過ぎ、地下鉄の入口までやってきた。 激しい動悸と酷い悪寒。 感じたことの無い類の恐怖だった。 そんな俺の気分を無視して、電車の時間は迫る。 久しぶりに乗る地下鉄は、相変わらず混雑していた。 つり革を持つ手が、わずかに震える。 駅を幾つか通り過ぎ、緊張がピークを迎える頃、わずかに鼻で笑う声が聞こえた気がした。 後ろを振り返ることは、出来なかった。 ゆっくりと、感触を確かめるように足の付け根辺りを触られる。 その手は腰を周るように前の方へ動き、スーツのポケットへと入ってくる。 スーツの上からとは違う、リアルな感触。 ポケットの中の手は、やがて俺のモノを軽く撫でて来た。 目眩がしそうなほどの嫌悪感。 それでも、耐えるしかなかった。 幾つか駅を過ぎた頃、不意に手の動きが止まり、俺の体から離れていく。 「次の駅で降りろ」 確認しなくとも分かっていたが、その声で、改めて現実を突きつけられた。 その駅は、俺が降りる駅でも、彼の勤務先に近い駅でもない。 疑問に思ったが、そんなことはどうでもいい気分だった。 俺には、降りる以外に選択肢が無かったからだ。 改札を出て、乗り換え通路を歩く。 この駅は3路線乗り換え可能な駅、となっているが 実のところ、互いの駅間が遠く、あまり乗換えで使っている客はいない。 出勤時間にもかかわらず、通路を歩く人影はまばらだった。 無言で歩く俺に、彼は声をかけてくる。 「会社に電話を入れた方が良いんじゃないか」 思わず睨み付けた。 その態度に、彼はそれ以上の威圧的な表情をする。 「すぐに帰れると思うなよ」 寒気がして、背中に冷や汗が流れるのを感じた。 現場直行で、昼には戻る。 俺が会社にそう電話を入れた後、彼は再び歩き出し、通路途中のトイレに入っていった。 通路もまばらなのだから、トイレは更に人気が無い。 ひんやりとした空気に、独特の嫌な臭い。 彼は、一番奥のブースに入るよう促した。 「壁を背にして、立って」 言うとおり、和風便器をまたぐように、立つ。 ドアが閉められ、カバンはフックにかけられた。 吐き気がするような状況だった。 俺のベルトに手がかかる。 甲高い金属の音が響き、まもなく体から離れていく。 「手、出して」 ためらいながら、両手を差し出す。 震えは、もう隠せなかった。 彼はさも愉快そうに、手首にベルトを巻き、締め付ける。 そして、俺の頭上にある金属製の棚に結びつけた。 体の自由を奪われることが、これだけ人を不安にさせるのかと実感する。 彼は、次に俺のネクタイを掴むと、強く引っ張った。 不気味な笑みを浮かべた顔が、近づく。 手首のベルトがわずかに食い込む。 「僕ね、君みたいな生意気なヤツに屈辱を味あわせてやるのが楽しくて」 「どうして……」 ネクタイが徐々に首を締め付け、苦しくなってくる。 「下請けの癖にエリート面してんのが、気に食わないんだよ」 俺がいつそんなことをした? ただ、認められようと、必死に仕事をしてきただけじゃないか。 アンタの仕事で大きなヘマをしたことも無い。 理不尽すぎる。 -- 4 -- ネクタイを掴む手が緩み、やがてそれが外される。 ピンと張ったネクタイが、顔に近づいてくる。 彼の表情は、卑しい笑みを浮かべたところで、俺の記憶から消えた。 視界さえ、自由を奪われた。 彼は、首筋を撫でながら、ワイシャツのボタンを外していく。 中に着ているシャツを捲くり上げられ、上半身が晒される。 五感の一つを失うと、他の感覚が鋭くなると言うのは、本当かも知れない。 彼の手が体の何処かに、わずかに触れるだけでも、不快感が増して行った。 手は下半身に移る。 ズボンが太ももまで下げられ、ボクサーに手がかかる。 彼は、フッと鼻で笑い、こう言った。 「最悪な気分だろ」 全くだ。 「すぐに、そんなことも考えられないようにしてやるさ」 音が鳴りそうなほど、奥歯をかみ締める。 ボクサーは引きずり下ろされ、俺のモノは空気に触れた。 彼は、カバンの中から何かを取り出しているようだった。 屈辱的な格好をさせられたまま、鼓動が早まる。 「ああ、安心して良いよ」 何を今更、言っているんだ。 「僕、セックスには興味ないからね」 このまま気を失ってしまえたら、どんなに良いだろう。 股間に何かが嵌められる。 モノだけを収め、両方の腰骨の辺りで金属製のフックがかけられる。 ものすごくピッチリとした、革のビキニのようなものが想像できた。 外に出ている双方の玉の部分にも、何かが取り付けられる感覚があった。 頭が混乱しそうだった。 カチ、という無機質な音がした瞬間、双方に、異なる衝撃が走る。 思わず、声が出た。 波打つように扱かれ、小刻みな振動を加えられるモノと ピリピリと微弱な電流が走るような痛みを加えられる玉。 それらが、強弱を繰り返して与えられた。 下を向いて、唇をかみ締める。 その痛みで、全ての感覚が忘れられたらと願う。 低く響くモーター音の中で、更にジャラっと言う金属音がした。 強制的な快感に吹き飛ばされそうになっていた意識が、恐怖に呼び起こされる。 「腰が引けてきてるぞ。膝が持たなくなるのも、時間の問題だな」 くぐもった彼の声から、激しい興奮が感じられた。 彼は俺の乳首を指で弾くと、また鼻で笑う。 乳首が何かで挟まれ、激しい痛みが走る。 両方に着けられ、彼が手を離すと、金属製の鎖がみぞおちの辺りに当たる感覚があった。 自分の姿を想像することは、もう、したくなかった。 どうすれば、この時間が終わるのか、それしか考えられなかった。 「今までこれで10分もった奴は、いなかったな」 今まで、いなかった。 俺と同じ目に遭っている人間が、他にもいるってことか。 同じ下請けの人間だろうか。 もしかして、うちの会社の人間が……。 そんな考えも、彼の手元の動きで中断させられる。 「君は、どれくらいもつかな?」 無理矢理登らされ、寸前で梯子を外される。 その繰り返しが、一体どのくらい続いただろう。 -- 5 -- 次第に、腰は自然と動くようになってきた。 後へ腰を引く度に、ひんやりとしたタイルの感触が感じられる。 乳首につけられたチェーンが、チャラチャラと小さな音を立てる。 膝に力が入らなくなり、手首にベルトがきつく食い込んでくる。 荒い息遣いの中に声が混じるのを、我慢することが出来なくなってきた。 「あんまり大きい声を出すと、外に聞こえるぞ」 嘲り笑うような言葉を掛けられ、思わず喉を締める。 「もう……許して……貰えませんか」 喘がずに声を出すのがやっとだった。 顔が近づいてくるのを感じる。 「許す?何を?」 彼は、チェーンを引っ張りながら、こう言った。 「僕は、君のこんな姿を眺めていられるのが楽しくて仕方ないけどね」 コイツ、狂ってる。 快感と痛みの中で、絶望に包まれた。 「君がどれくらい恥ずかしい格好をしているか、見せてあげるよ」 彼はそう言って、視界を遮っていたネクタイを外す。 ほの暗い光に、眩しさを感じた。 とっさに目を瞑る。 自分の姿を、見たくなかった。 彼に頭を掴まれ、下を向かされる。 「許して欲しいんだろ?」 ゆっくり目を開ける。 視覚を奪われる前と同じ卑しい笑みを、彼は浮かべていた。 自分の屈辱的な状態を、改めて認識させられる。 しつこいくらいの寸止めを受けたモノは、革の下着の中でほぼ垂直に勃っていた。 チェーンが付いたクリップで挟まれた乳首は、赤く充血している。 視界から入ってくる情報が羞恥心に替わり、快感を増幅させた。 こんな状況で、俺は、今にもおかしくなりそうな程感じさせられている。 彼は、俺の上着のポケットに刺さっていたボールペンを抜き取った。 「折角だから、こっちも弄ってみようか」 そう言うと、ペンを尻の割れ目に沿って動かし始める。 「……やめて、下さい」 「まだ分からないのか」 汗で濡れているからか、その動きは滑らかで、それすらも刺激になる。 恐怖の入り混じった快感で、背筋がゾクゾクする。 「君に、拒否権は無いんだよ」 笑いながら、ペンの先を肛門に押し込んでくる。 言い知れない刺激に、顔をゆがめ、喉の奥からの声を押し殺す。 「いい顔だな。こっちも感じたりするのか?」 首を振るのがやっとだった。 異物が、浅く、ゆっくりと出し入れされる。 モノへの刺激が、覆い被さるように加えられる。 徐々に、不快感が快感に変えられて行った。 こんなはずじゃ、無かったのに。 絶頂が近くなるのを感じる。 背筋から肩にかけて僅かに強張り、腹筋に軽い痛みが走る。 「イきそうなのかな?」 彼は俺の顔を覗き込み、意地の悪い笑みを浮かべる。 急に刺激が止まった。 何が起こったのか、咄嗟には理解できなかった。 狂おしい時間を与え続けてきた物達が、彼によって身体から外されていく。 拘束が解かれても、足に力が入らず、壁にもたれかかるのがやっとだった。 解消されない欲求に、心が支配される。 「イキたいなら、自分でしろ」 震える唇を噛み締める俺に、彼は言い放つ。 躊躇しつつ、自分のモノへ手を伸ばす。 散々辱めを受けた悔しさ、憎しみ、そんなことよりも、本能が勝っていた。 時間は全くかからなかった。 絶頂の声が、トイレに響く。 自分の精液が、手を伝って下へ落ちる。 彼は満足そうに、その一部始終を見ていた。 「ちょっと体調悪いから、今日はこのまま帰るよ」 会社にそう電話を入れる。 「大丈夫ですか?お大事にしてくださいね~」 無邪気にそう言ってくれる安藤さんに、心から申し訳ないと思った。 「逃げられると思うなよ」 彼はそう言って、自分の道具を無造作にカバンに入れて、去っていった。 冷徹な表情で吐いたその言葉が、頭の中で再生される。 連絡通路の壁にもたれ、そのまましゃがみ込む。 手首に付いた跡と、スーツに付いた生々しい皺。 思い出す度に心が痛むのに、身体の疼きはなかなか消え去らない。 俺は、あの吐き気のする行為を、再び求めてしまっているんだろうか。 這い上がれない穴に落とされてしまった闇が、心を覆った。 Copyright 2010 まべちがわ All Rights Reserved.