いつまでもアメリカン。http://foreveramerican.blog89.fc2.com/ --- 規律(R18) --- -- 1 -- 「挿れさせてくんないの?」 壁にもたれるように座る男は、不満げにそう言った。 「俺、バックはNG。嫌だったら、他行って」 硬くなっている男のモノを軽く扱きながら、耳元で囁く。 「その代わり、フェラには自信あるけど?」 僅かに濡れてきた先端を親指で撫でながら、耳たぶを軽く噛んでやると 男は上気した顔で、頼む、と呟いた。 その体躯は、小柄な俺よりも大分大きい。 筋肉質で、髪は短髪。 肌の色は、部屋の中が薄暗くて見えないけれど、きっと褐色なんだろう。 まだ柔らかいモノにゴムを被せ、躊躇無く、男のモノを口に含む。 先端を舌で撫で回し、唾液で全体を濡らしながら、手で扱く。 徐々に根元に舌を這わせ、玉に吸い付いた。 どうやら男は玉への刺激が好きなようで、交互に唇で挟み込んでやると 低い声を上げて、身体を震わせた。 指で玉を転がしながら、再びモノを口にする。 先端をじっくりと舐り、軽く歯を立てた。 小さく身体が跳ね、ごつい手が俺の背中を叩く。 モノを喉の奥まで飲み込み、思いっきり吸い付いた。 ディープスロートで感じる苦しさが、俺を更に興奮させてくれる。 男の手が俺の頭を掴み、ストロークを促す。 それに勢いを貰うように、首の動きは激しくなった。 怒張したものが脈打つのを感じる。 男は短い声を上げて、絶頂に達した。 口の中で、薄い膜に隔てられた液体が流れ出て行くを感じる。 うっとりしたような男の顔を見ながら、ゴムを外し、モノを拭いてやる。 「俺のも、しゃぶってよ」 俺は男の隣に座り、その手を自分のモノへあてがった。 会社と自宅の間とは全く正反対の場所にあるハッテン場。 以前サウナだったこの場所は、つい最近、おしゃれな名前と内装に替わったばかりだ。 ここに来るようになったのは、半年くらい前。 きっかけは、元彼と別れて身体が寂しかった、と言う単純なものだった。 初めての時は入口で躊躇してしまっていたが 見も知らない男と、行きずりの快楽を楽しめると言う背徳感も手伝ってか、のめりこんだ。 恋愛が難しいのは、ゲイでもノンケでも同じだと思う。 ただ、その対象が多いか、少ないか、だ。 普通に暮らしていても、巡り合う事なんて殆ど無く 例え同じ場所にいたとしても、何も言われなければ、ゲイかどうかなんてことは分からない。 にも拘らず、ゲイバーやネットで出会った男とは、長続きした試しが無い。 俺には絶望的に恋愛能力が無いんだろうか、とも思ってしまう。 もちろん、ノンケとの恋は、成就したことが無い。 周りの人間が言うように、ほぼ報われることが無い行為。 それを嫌と言うほど分かっているから、意識して避ける様にしている。 俺に何処まで自制心があるのか、日々試されているような感覚だ。 「栗原、ちょっとこれ頼むわ」 同僚の岩井から手渡されたのは、図面と給水量の計算書。 「役所の耐震補強のついでに、雨水浸透を入れるんだとさ」 「水は再利用?」 「潅水と洗浄水に使いたいってことだから、貯水槽も要るな」 「なるほど……了解」 うちの会社は雨水浸透装置メーカー。 建物の屋上や敷地に降った雨水を土中に浸透させる排水桝や その雨水を集めて処理し、再利用できるようにする装置を作っている。 俺が担当しているのは、装置の設計。 建物規模やその建物で使われる再利用水量から、装置規模を弾き出す。 「いつまで出来そう?」 「ん~……金曜には」 「じゃ、来週の月曜日、一緒に打合せに行けるか?」 「ああ、分かった」 岩井は俺とコンビを組んでいる、営業担当。 設計と営業が組んで一つの物件を受け持つことで、より細かな提案が出来るようになる。 それがうちの会社の特徴でもあった。 もっとも、客先に具体的な提案をする時は、設計担当も足を運び 何とか採用して貰う為に、セールストークをしなければならないこともある。 「気を付けとくこと、ある?」 「ま、いつも通り。金が無いってさ」 「なら、設置するなって話だけどな」 「だから、通常仕様でOK」 岩井は苦笑して、出かける準備をしている。 「他の事務所から大型物件が入ってきそうだから、覚悟しておけよ」 「おう、頑張って取ってきてくれ」 -- 2 -- 「打合せって、設計事務所じゃねぇの?」 「役所の人間が、どんなものか聞きたいんだとさ」 月曜日、訪れたのは千葉にある役所の分室だった。 土地が余っているとは言えない地域にも拘らず、広い敷地に平屋の建物。 敷地の半分は緑地、と言うよりも林になっている。 設計事務所の担当者は、既に建物の入口で待っていた。 「荒木設計の川内と申します」 そう言って、スーツ姿の彼女は頭を下げる。 「こちらは、設計担当の栗原です」 「宜しくお願いします」 岩井に紹介してもらい、一先ず名刺交換を済ませる。 「役所の担当さんは、ま、何処でも同じですが、理屈っぽい方なので……」 川内さんは困ったような表情で、そう話しかけてくる。 喋りが苦手だから設計職になったようなもんなのに そんな相手に設計提案しなきゃいけないと思うと、気分が重くなった。 流石役所、と言ったところだろうか。 設計よりも何よりも、突っ込まれたのは価格の点だった。 新設だからイニシャルコストもそれなりにかかる。 ランニングコストについては、雨水集水の面積が多いことからメリットはあるが そもそも、自動潅水装置が必要なのか、そんなことにまで言及される。 「ホントに入れる気あるのかね?」 役所を後にし、川内さんと別れると、そんな言葉が自然と出た。 「でも、他の物件よりは手ごたえあった気がするけど」 「営業から見ると、そんなもんか」 「まぁな。持ち上げるだけ持ち上げといて、結局止めました、なんてよくある話だ」 岩井は、笑いながら時計を確認する。 「オレ、このまま次の客先行って来るわ」 「気をつけてな」 役所からの注文は、何年でイニシャルコストがペイできるか、と言うものだった。 それを、装置の規模のパターンに分けて算出して欲しいとのこと。 難しくは無いが、面倒な作業だ。 幾つかの雑用をこなしながら、計算の準備を進めていると、岩井から電話が入る。 時計は既に、夜の7時を回っていた。 「助かった、まだいたか」 「どうした?」 「ちょっと、ミスった」 いつも冷静な岩井が、焦った表情をして帰社したのは1時間後のことだった。 「前にやった横浜のショッピングモールなんだけど」 岩井の手には、以前提出した計算書。 「数字、間違ってたみたいで」 「え、マジで……」 「オレの、指示ミスだ」 そう言って、唇を噛む。 「これ、明後日までに出せるか?」 敷地面積が広いだけあって、計算にも時間がかかる。 資料にするとしても、3日は欲しいところだ。 「オレも、出来るところは手伝うから」 一つ幸いなことは、明日が祝日だと言うこと。 「おかしいと思わなかった俺にも責任あるからな。今日は夜通し付き合えよ?」 「恩に着る」 晩飯を食うことも無く作業し続け、そろそろ0時を回ると言う頃。 岩井がおもむろに、目から何かを取り出す。 「あれ、お前コンタクトだっけ?」 「そ。使い捨てだから、夜は外してるんだよ」 机の引き出しからケースを取り出し、細いシルバーフレームの眼鏡をかける。 「やっぱ、眼鏡の方が楽だわ」 「そういうもんかね」 「目に張り付いた感じで、どうしても好きになれないんだよな」 椅子を軋ませながら背伸びをするヤツを見て、不意に気持ちが昂る。 普段の岩井を見ても何も感じないのに 眼鏡をかけて、少し疲れた表情が、ツボに入ってしまったのだろうか。 会社の同僚、しかもノンケのヤツに、一瞬でも欲情するなんて最悪だ。 「ちょっと、トイレ」 「おう」 とりあえず、トイレで抜いてくれば、気分も落ち着くだろう。 とは言え、同じフロアのトイレに行くのも気が引ける。 そう思い、階段を下りた。 下のフロアは人気も無く、誘導灯の光だけが道しるべだった。 トイレの照明は人感センサーで点く様になっていて、俺が入ると明るくなる。 一番奥のブースに入って、モノに手をかける。 適当に、最近見たゲイビデオの映像を思い出して、扱く手に力を込めた。 会社のトイレでしていると言う異常な状況も手伝って、あまり時間はかからなさそうだった。 その瞬間、ふと岩井の顔が浮かぶ。 急に絶頂が迫ってきた。 どうして、そう思いながら、俺は果てる。 便器の中に落ちていく精液を見ながら、同僚で抜いた、と言う酷い罪悪感に苛まれた。 -- 3 -- きっと、俺は欲求不満なんだ。 これが終わったら、いつもの所でガッツリ抜いて来よう。 岩井を思い出したのは、何かの気の迷い。 嫌になるほど快楽に塗れれば、きっと忘れられる。 トイレットペーパーでモノを拭きながら、そう考えた。 洗面所で手を洗い、トイレを出ようとした時、誰かの気配に思わずビクつく。 「何やってんの?」 そこにいたのは、岩井だった。 「いや……お前こそ、どうした?」 動揺が隠せなかった。 小柄な俺より20cm近く背の高いヤツは、意味ありげに俺の顔を見ていた。 「トイレ行ったら、いないからさ」 「ああ……誰もいない方が落ち着くだろ」 「上だって、誰もいねぇじゃん」 岩井から視線を外しながら、脇を通り過ぎようとした時 突然腕を掴まれ、壁に押し付けられる。 「何だよ?」 怪訝な顔をした俺を、ヤツは不穏な笑みを浮かべて覗き込む。 「オレのも、抜いてよ」 「はぁ?な、何言ってんの?」 思いも寄らない言葉に、ろれつが回らなくなる。 「お、お前、疲れて、頭おかしくなってるんじゃないのか?」 「そうかもな」 「自分で、抜いて来いよ」 鼓動が早くなるのを感じながら、ヤツの腕を振り払おうとする。 その抵抗が、逆にヤツの気持ちを奮い立たせたのかも知れない。 俺の肩を掴む力が、強くなる。 「オレさぁ、お前となら、やれるかも」 「意味わかんねぇよ。何?お前、ゲイなの?」 「まさか、そんな訳ねぇじゃん」 だったら、ズカズカ入り込んで来んなよ、頼むから。 岩井の顔が、俺の肩の辺りに潜り込む。 首筋を軽く愛撫され、思わず身体が反応した。 唇が首筋から耳の辺りへ滑っていく。 「やめろって」 「いいじゃん、1回だけ」 「どうしたんだよ?」 「わかんね」 耳たぶを唇で挟まれ、顔が歪む。 さっき抜いたばかりなのに、僅かな疼きを呼び起こされる。 目の前の同僚の肩を掴み、体を引き離した。 「……これっきりだぞ?」 岩井は、さっきまで俺が座っていた便器に腰を下ろす。 ズボンを下ろし、下着の中からモノを自らの手で引き摺り出す。 今まで散々目にして来ている物なのに、何故か妙に恥ずかしくなった。 トイレの床に跪くのは若干抵抗はあったけれど、一つ溜め息をついて、ヤツの脇に身を沈める。 「何?口でしてくれんの?」 その言葉に、ハッとする。 「フェラしてくれるんなら、そっちの方が良いけどさ」 ヤツは俺の顎に指をかけ、上を向かせる。 「お前、したことある訳?」 その問いは、俺の秘密を暴こうとして言っているのか。 ただ単に、好奇心で聞いてきているだけなのか。 俺は答えることが出来ないまま、ヤツのモノを咥えた。 「……躊躇、ねぇな」 突然の舌の刺激に、岩井の声が上ずる。 それほど硬くなっていないモノを、根元からじっくり舐る。 徐々に血流が巡っていくのを、感じた。 根元を指で擦りながら、先端を唇で挟みこむ。 しばらくすると、口の中一杯に、ヤツのモノが膨張していった。 「そこらの、女より……上手いかも」 当たり前だろ、何本咥えて来てると思ってるんだ。 息絶え絶えに喘ぐ声を聞きながら、そんなことを考える。 求めてきたのはヤツだ。 でも、この行為で、隠してきたことが明らかになるかも知れない。 そんな恐怖と相反するように、身体が興奮していくのを感じる。 視線を上に向けると、ずれた眼鏡の向こうから俺を見るヤツと、目が合った。 頭に手が添えられた。 俺はそれを合図に、喉の奥までモノに吸い付き、舐り上げる。 動きが早くなるにつれ、ヤツは身体を捩り、快感に耐えていた。 夜中のトイレの中に、短い喘ぎ声と、淫らな水音だけが響く。 「も……無理」 岩井の声で、俺はモノから口から離し、手で激しく扱く。 やがて、ヤツは絶頂を迎えた。 俺の手を、精液が流れ落ちていく。 トイレットペーパーを巻き取り、ヤツのモノと、自分の手を拭く。 うな垂れながら余韻に浸るヤツを見ながら、この昂りの処理方法を考えあぐねていた。 -- 4 -- ヤツをブースに残して、洗面所で手を洗い、うがいをする。 ついでに顔を洗って、何とか気分を落ち着かせようとした。 しばらくすると、奥から、岩井がおぼつかない足で歩いてくる。 「すっきりしたか?」 「……ああ、相当」 「そりゃ、何よりだ」 俺の背後に立ったヤツは、鏡越しに俺を黙って見ていた。 「……何だよ?」 「お前、男とやったこと、あんの?」 言い逃れは出来そうも無かった。 短い沈黙の後、俺は答える。 「あるよ。……だから?」 一瞬驚いたような、怯んだような表情を、ヤツは見せた。 ああ、この表情は、前にも記憶がある。 親友だと思っていた奴に、酔った勢いでカミングアウトした時。 理解してくれとは言わない、でも受け容れて欲しい。 そう思うのは、やっぱり、自分勝手なことなんだろうか。 「戻ろうぜ」 俺はヤツの顔を見ず、その場を離れようと歩き出す。 ゲイバレしてしまったであろう不安、ヤツでイってしまった罪悪感。 仕事に没頭して、全てを忘れたかった。 その時、不意に、後ろから抱きつかれる。 「何なんだよ?!」 声が荒くなった。 「もう、いいだろう?」 全身で抵抗する俺を、ヤツは二本の腕で抑え込んでくる。 体格の差は、歴然だった。 「もう一発くらい、イけるだろ?」 片方の手が、俺の顔にかかる。 後ろを向かされると、すぐ側に岩井の顔があった。 「マジ、やめろって」 俺の声は届かなかったのか。 そのまま、唇を奪われた。 眼鏡の奥の目が僅かに細くなっただけで、ヤツは表情を変えずに俺を見ている。 やがて、口の中に舌が入ってくる。 もう、抗えなかった。 洗面台のカウンターに手をつき、後ろから身体をまさぐってくる手に、身を捩る。 ズボンからワイシャツが引き出され、冷たい感触が腹の辺りに感じられた。 「案外、筋肉付いてるんだな」 腹筋に沿って指を滑らせながら、首筋に舌を這わせてくる。 行きずりのプレイとは違う優しい刺激に、身体が熱くなる。 「こっちも経験あるのか?」 片方の手でズボン越しに尻を撫でながら 興奮と好奇心が見え隠れする声で、ヤツは聞いてきた。 「……無い」 「入れてみたいとか、思わないの?」 「別、に」 そんなに入れたいのなら、女とでもやってれば良いのに。 アナルなら、男も女も、そう違いは無いだろう。 手は、尻から前に伸びてくる。 「硬く、なってんぞ」 「そう……」 複数の布の上からの感触は、切ないくらいにじれったい。 反応し始めたばかりのモノを、ヤツの手が柔らかく揉み扱く。 上半身をまさぐる手は、胸から肩にかけて、満遍なく動き回る。 刺激に耐えようと両腕に力を込めるが、耳たぶにかかる吐息が、それを許さない。 ズボンのジッパーが下ろされ、そこからモノが外に出された。 「口の方が、良い?」 鏡越しのヤツは、僅かに口の端を上げただけの表情を見せる。 居た堪れなくなって、俺は首を横に振る。 モノを弄る手は、ぎこちなかった。 それでも、俺の興奮は増して行く。 息が荒くなっていくのが分かった。 「顔、上げろよ」 俯く俺に、ヤツは言う。 戸惑いながら、言う通りにする。 目の前の鏡には、紅潮した自分の顔と、男に玩ばれている自分の身体。 そして、満足そうに俺を見ている同僚が映っていた。 「お前、可愛いよなぁ」 「何、言ってん、の」 「……メチャクチャに、してやりてぇ」 -- 5 -- 笑みを浮かべてそう言うヤツに、得も言われぬ恐怖心が湧き上がる。 急に、手の動きが早くなった。 それと同時に、親指が、舌を押さえるように口の中に入ってきた。 顎を他の指で押さえられ、口を閉じることが出来ない。 情けない声が、トイレに響く。 苦しさで、目が潤む。 口の端から涎が垂れて行く感触が、気持ち悪くて、恥ずかしい。 それでも、刺激は身体を強張らせる。 恐怖が、快感に溶かされていくのを感じた。 濡れた先端を指で捻られ、腰が浮く。 鼻で笑う息が、耳をくすぐる。 もう、限界だった。 全身が震え、俺はイった。 床に、精液が落ちていく。 絶頂の果ての高揚感と疲労感の中で、ああ、拭かなきゃ、そんな冷静な判断が過ぎる。 「今度は、ケツでやらせろよ」 腰に手を当てられながら囁かれ、背筋が凍った。 「な、何言ってんだよ?」 その手が尻の方へ降りていく。 「ゲイなら抵抗ねぇだろ?」 その言葉で、何かが切れた。 振り向きざまに、ヤツの腹に一発喰らわせる。 「……ふざけんな」 俺を見下ろす顔が苦痛に歪みながら、崩れ落ちていく。 「それ、拭いとけ」 床に膝をついた同僚をそのままに、服装を整え、顔を洗い、オフィスに戻った。 最悪な気分だった。 このまま帰ってしまおうかとも思った。 でも、まだ仕事は半分以上残っている。 ヤツが冷静になって戻って来てくれることだけを、祈っていた。 恐怖、後悔、憤り、全てのマイナス感情を振り払うように、計算に没頭する。 同じパターンでこなせる箇所が多いことに気がつき 意外に早くケリがつきそうな雰囲気だと、ホッとする。 物音で同僚の帰りに気がついたのは、もう大分経ってからだった。 「適当に食ってくれ」 そう言って、コンビニで買って来たらしい物を無造作に置く。 おう、とだけ答えて、幾つかまとまった計算結果を渡す。 「これ、今のところ出てる部分だから、体裁まとめてくれるか?」 「わかった」 「とりあえず、昼前には帰れそうだな」 「そりゃ、良い報せだ」 書類を受け取る、岩井の疲れた笑顔。 あの前とは、明らかに違って見えた。 俺も、ヤツも、何かが変わってしまったんだろうか。 作業は概ね、想定どおりに進んだ。 俺が担当する計算作業が終わったのは、朝10時過ぎ。 久しぶりの徹夜作業で、色々な箇所が軋むように痛んだ。 「とりあえず、こっちは完了」 「助かったよ。後はオレの方でやっとく」 「手伝わなくて、平気か?」 「ああ、これ以上付き合わせられないだろ」 既に笑顔を見せる余裕は無さそうだった。 他人に仕事を振るのが苦手、と言うのがヤツの欠点だ。 いつも一人で抱え込んでしまっている。 俺が信頼されていないのか、ヤツの責任感が強すぎるのか。 「これは、俺がやるから」 同僚の机の上に積まれた計算書を何枚か取り上げる。 そうじゃなきゃ、コンビを組んでる甲斐が無い、そう思った。 全てが終わったのは、昼前だった。 「飯でも食ってくか?」 眼鏡を外し、目頭を押さえながら、岩井がそう話しかけてくる。 「いや、眠くて気持ち悪い」 「それもそうだな」 ネクタイを緩めながら、出来上がった資料に目を通す。 横にいた、帰り支度をするヤツの手が、ふと止まった。 「……悪かった」 夜の出来事が、思い返された。 「オレ、ちょっと、おかしかったわ」 全くだ、そう思いつつ、ヤツのやりきれない表情を見て言葉を止めた。 「もう、いいよ。……でも、二度目は無いぞ」 同僚に、自分に、言い聞かせるよう、俺は答えた。 軽く頷きながらも、ヤツは何も言わなかった。 -- 6 -- おかしくなっていたのは、俺も同じかも知れない。 その夜、俺は同僚で抜いた。 俺のフェラで快楽を得ている顔じゃなく、俺の身体を玩んでいる表情と、あの言葉で。 背徳感と罪悪感に塗れた、今までとは違う性質の昂りがクセになりそうだった。 自分自身、気が付かない振りをしていただけなのか。 岩井は同僚で、コンビで仕事をする間柄で、しかもノンケのはず。 一番手を出してはいけない相手なのは、嫌と言うほど分かっている。 俺がゲイであると言うことを知ったヤツの心情の変化は、言葉の端々に感じられた。 仕方が無いと思っても、何処かで傷ついた自分もいた。 それなのに、ヤツからのアプローチに、嫌悪感と共に満足感があったのも確かだった。 何処かで期待してしまう自分がいる。 俺の拒絶をこじ開けてくる程の、ヤツの欲望を。 役所の件も一段落した、その週の金曜日。 別件の見積資料を眺めていたところに、岩井から電話が入る。 「お疲れ。どうした?」 「悪いんだけど、今から出てこれるか?」 「何かあったのか?」 「アシダが、妙な見積もり出してきてるらしいんだ」 アシダ、と言うのはうちの同業他社になる浸透桝メーカー。 エコだのサスティナブルだの騒がれているこのご時世 商業的なアピールの為に、雨水の再利用や浸透装置などの需要も徐々に伸びてきている。 件のアシダ工業は後発ながら、そのシェアを拡大しつつある会社だ。 「うちの客だろ?」 「強引に営業かけてるらしいんだよ。これだけ安くなります、って」 基本オーダーメイドで製作される商品だけに、価格に大きな差が出るのはおかしい。 何処かで誤魔化しているとしか思えなかった。 「その場じゃ、ざっくりした金額しか出せないぞ」 「それで良い。桁が違うって言ってるから、まともじゃない」 荷物をまとめて会社を出て、客先の最寄り駅で岩井と合流する。 「建物は?」 「特養だ。敷地面積は5000m2ってとこだな」 「結構でかいな」 「全面浸透地域らしいから、浸透桝、浸透管、ろ過桝と貯留槽が要る」 訪れた設計事務所で、改めて図面とライバル会社の見積書を確認する。 からくりは、すぐに分かった。 「これじゃ、浸透すら出来ないですよ」 まず、圧倒的に浸透装置が足りない。 そして、ろ過桝から貯留槽への配管分も計上されていなかった。 「貯留槽がピット利用としても、これだけの金額は最低でもかかると思います」 改めて、概算金額を提示する。 「やっぱり、そうですよねぇ」 設計の担当者は金額を見て、苦笑しながら答えた。 「詳細な金額が必要でしたら、来週中にはお出し出来ますが」 「じゃ、お願いできますか」 事務所を出る頃には、日はすっかり暮れていた。 「何だ、あの見積り。あんな適当な仕事でやってけんのかね」 「どうせVEで真っ先に削られると思って、端から少なく見積もってるのかもな」 「自分の仕事、否定するようなことして、どうするんだよって」 俺は少なからず、自分の仕事にはプライドを持って望んでいるつもりだ。 だからこそ、小手先で誤魔化そうとしている仕事に腹が立った。 「ま、そんな腹立てんなって。結局うちに回ってきたんだから」 そんな俺をなだめるのは、いつも岩井の役目だ。 「お前のお陰だよ、ホント、助かった」 駅へ向かう道すがら。 あまり立ち寄ることの無い場所だけあって、周りの風景につい目が行く。 「飯でも食ってくか?」 「良いね」 酒が弱い岩井は、決して "飲みに行こう" とは言わない。 俺は程ほどイケる口ではあるが、ヤツと行く場合は、あまり飲まないようにしている。 遠慮するなとは言われるけれど、何となく悪い気がしてしまう。 適当に入ったのは、アジアンダイニング、との看板を掲げている店だった。 「いくらアジアが広いって言ってもね……」 メニューを見た岩井が、そうぼやく。 中華料理・韓国料理・東南アジア料理からインドカレー、果てはトルコ料理まで ありとあらゆる雑多な料理が並べられている。 食べあわせを気にしていては、いつまでも注文できない気がして 一先ず目に付いたものを頼んでみる。 「食えなかったら、頼む」 「ガキみたいなこと、言ってんなよ」 飲み物は、敢えて冒険しないつもりだった。 「……何、それ?」 「ラッシー」 「飯食いながら、よく、そんなの飲めるな」 「オレからしてみれば、ビール飲みながら飯食うってのも違和感あるけど」 「いや、普通だろ」 そう言いつつ、俺は酸味と甘味が混ざり合った妙な味のエビを、ビールで流し込んだ。 次は、サトウキビの酒でも頼んでみようか、そんな気分になる。 腹が一杯になったのか、慣れない酒で酔いが早く回ったのか。 1時間もすると、食べ疲れてくる。 ふと岩井が席を外し、戻って来た時には眼鏡をかけてきていた。 「大分お疲れみたいだな」 「まぁな」 そう言ったヤツは、頬杖をついて、何かを考えているようだった。 詮索されているような視線に、居心地が悪くなる。 「お前さぁ」 何を話そうとしているのか、予想がついた。 「……ここで話すようなことか?」 「じゃ、何処で話せるんだよ?」 「何が聞きたいんだ?」 「お前のこと、いろいろ」 ヤツの目があまりに真剣で、俺は思わず視線を逸らす。 その表情に表れていたのは、好奇心だけではなかった。 二人っきりになれる場所、と言うのは案外少ないんだな、と思う。 カップルならいざ知らず、男二人じゃ、その場所はますます絞られる。 「……俺んちと、お前んち、どっちが良い?」 「じゃ、お前んち」 -- 7 -- 幸い、と言って良いのか、俺の家までは電車で一本だった。 帰宅ラッシュで混雑した車内から、ぼんやりを外を眺める。 いつもと同じ風景のはずなのに、後ろに立つ男のせいで、どうにも落ち着かない。 ヤツは、俺の何を知りたいのか。 全てを聞いて、ヤツはどうしようと言うのか。 そして、その後、どうなるのか。 会話らしい会話も無いまま、自宅は段々近づいてくる。 「お前の家来るの、初めてだよな」 マンションのエントランスで、岩井はそう呟いた。 「俺も、お前の家には行ったこと無いぞ」 オートロックのドアを開けながら、先に入るよう促す。 「狭いけど、我慢してくれ」 「ああ、構わないよ」 単身者用の1Kマンションだから、そうそう他人を呼べるような部屋でも無い。 付き合ってきた男とも、会うのはホテルばっかりで こうやって誰かを招き入れたことも、今まで無かった。 そう言う意味では、ヤツは特別、なのかも知れない。 「片付いてんな」 部屋に入ったヤツは、そんな声を上げる。 「タダでさえ狭いんだから、こうでもしないと居る場所無いんだよ」 通常の部屋よりは若干広く出来ているが パソコンデスクとベッド、そして小さめの製図台が置いてあることもあって 自分でも、いささか圧迫感を感じるほど。 掃除が好きなわけではないが、否が応にもやらざるを得ない、と言うのが実態だ。 「で、何が聞きたいんだ?」 OAチェアに腰を下ろしたヤツに、視線を投げかけた。 眼鏡の奥の目が、床から俺に移る。 「お前、男が好きなの?」 「……言わなくても、分かってんだろ?」 「会社の奴に、惚れたりする訳?」 「しねぇよ」 「どうして、言い切れるんだ?」 「そうならないよう、努力してる」 「努力って?」 「仕事で付き合う人間として割り切ってる。長年そうやって、自制してきた」 事実、会社の人間で惚れた、と言う男はいなかった。 性的魅力のある男もいたけれど、その後を考えれば、とても手は出せない。 もちろん、ゲイであることを触れ回られる恐怖もあった。 誘いには極力ついて行くようにも努力していた。 周りには悟られていない、そう信じていたのに、よりによってコイツに知られるとは。 「じゃあさ」 同僚の視線が、再び床に落ちる。 「オレのこと、どう思ってる?」 「……頼りになる、相棒だろ」 「それだけ?」 「何て、言って欲しいんだ?」 「特別な感情も無い男のもん、しゃぶれんの?」 その一言に、思わず鼓動が早くなる。 「別に……平気だけど?」 ヤツからの言葉は無かった。 「気持ち良かっただろ?あの行為は、それ以上でも、それ以下でもねぇよ」 しばらく沈黙が続いた。 自分の気持ちを誤魔化すこと、ヤツとの歪みが大きくなっていくことに、耐えられなかった。 「……もう、いいだろう?」 俺の呟きに、ヤツがふと顔を上げ、立ち上がる。 思いつめたような表情に、身体が固まった。 肩に手がかかり、勢い良くベッドに押し倒される。 「何だよ?!」 うろたえる俺とは正反対の、冷静なトーンが耳元に響く。 「良かねぇよ」 予期していなかった、と言ったら嘘になる。 期待も、していた。 けれど、互いに納得できない結論が出たら、その後どうなるのか。 単純な欲望だけで行為を受け容れられる状況では無いことを、実感した。 「二度目は、無い、って言っただろ?」 緊張で声が強張った。 「本音か?それ」 「俺は、お前と、前と変わらず……いたいんだよ」 「変わらず?……そんなの、もう無理だ」 「何でだよ?」 「オレが、変わったから」 見慣れたはずの顔が、別人のように見えた。 「こうなった責任、取ってくれよ」 「……責任?」 「衝動を駆り立ててる、責任」 微かに震える唇が、俺の額に触れる。 それが鼻の上を通って唇に行きつき、何回か感触を確かめるように擦れた後、重なり合った。 不安で、気が遠くなりそうだった。 -- 8 -- それは、単なる欲情なのか。 それとも、他の感情に動かされた末の行動なのか。 どちらにしても、ヤツを支配している衝動が、俺には理解できなかった。 先にシャワーを浴びるよう促され、それに俺は黙って従う。 頭からお湯を被りながら、身体が震えるのを感じていた。 男と身体を求め合うことなんて、いつもしていることなのに ヤツからの誘いを何処かで期待していたはずなのに、怖かった。 背後でドアの開く音がして、思わず身がすくんだ。 「やっぱ、狭いな」 「……当たり前だろ?」 俺の腰が、ヤツの腕に軽く抱かれる。 乾いた身体が濡れた背中に触れ、水の膜が密着感を生んだ。 「震えてんの?」 「……別に」 「男とやるのは慣れてんだろ?」 「そうだけど」 濡れた手が頬にかかり、ゆっくりと振り向く。 徐々に前髪が濡れていく、眼鏡を外したヤツの顔を見つめる。 自分の気持ちが深みに嵌っていくのを感じながら、俺はヤツにキスをした。 唇を重ね、舌を絡める。 降り注ぐ湯が、顔を伝って互いの口に入ってくる。 唾液とも水とも分からない液体が舌の動きを滑らかにして、その感覚が快感を呼んだ。 抱き寄せる腕に力が篭り、身体が密着していく。 ひたすら舌を舐りあいながら、欲求を満たしていった。 顔が離れ、ヤツの顔は俺の首筋へと移る。 うなじから肩甲骨の方へ舌が滑り、肩へと回りこんでくる。 ゾクゾクする感覚に堪らず、ユニットバスの壁に手をつく格好になった。 濡れた髪が顔に触れ、冷たい感触が背筋を強張らせた。 手はその腕を撫でながら脇腹へ下がり、水の流れに逆らうように擦る。 やがて、腹から胸へと弄る場所を変えていく。 息が荒くなった。 指が、乳首を捕らえる。 小さな呻きを、ヤツは水音の中から聞き分けたのだろうか。 その指の動きが、徐々に激しくなっていく。 反応を楽しむように、しばらく擦り、転がした後、両方を摘み上げられる。 思わず声が出た。 軽く首を振って刺激を和らげようとするが 俺の欲望を知ってか知らずか、その動きは止まらない。 愉快そうに喉の奥で笑う声が、耳元で響いた。 「……良いんだ?」 「あぁ」 答える声に、軽く喘ぎが混じる。 ヤツの右手が身体を撫でながら、下半身へ伸びる。 下腹辺りをまさぐった後、反応を見せ始めた俺のモノを、ゆっくりと扱き始める。 左手は俺の顎を掴み、振り向かせるように、自らの顔へ近づけていく。 与えられる快感に痺れながら、俺は口を開けて舌を出した。 すっかり濡れた顔が、目前に迫る。 「……エロいな」 熱くなった舌が、口の中へ入ってくる。 舌を擦り合せる度に、モノが反応しているのが分かった。 互いのくぐもった声が、風呂に広がる。 シャワーの水栓が閉められた。 「そこ、座って」 ヤツは浴槽の角に俺を座らせる。 壁にもたれかかり、左足を縁に置くように上げさせられた。 風呂の床に膝をつき、ヤツは俺のモノに口をつける。 「おい……」 一瞬俺の方に視線を向け、舌で先端をそっと舐めた。 その快感に、小さく仰け反る。 当然、ヤツは初めて男のモノを咥えているはずだ。 とても上手いとは思えない、ぎこちない動きだったけれど 快感を与える為だけに、貪欲に動くその頭を見て、深い悦楽に浸る。 刺激に身体が震え、絶頂が近いことを知る。 その時、モノが口の中から吐き出された。 手で反り立ったモノを弄りながら、ヤツが俺の顔を見る。 「フェラってさ、やらせる方が支配的かと思ってたけど」 不意に唇で先端を挟み込み、わざと音が出るように吸い付く。 快感に押し出されて来る声が、喉を上がってくる。 唇を噛んで、これ以上声が出ないように耐えた。 「する方が、支配してるって、感じだよな」 親指で先端をこねくり回しながら、もう片方の手で玉を擦る。 ぬるぬるとした感覚が、背筋を寒くさせた。 「オレの口だけで、お前をイかせることが出来るんだから」 フッと笑い、ヤツは再び俺のモノを口に含む。 その動きが徐々に激しくなり、我慢出来なくなっていく。 顔を離そうと頭を掴むが、離れようとしない。 「……出、る」 俺は、ヤツが咥えたまま、口の中に射精した。 -- 9 -- 風呂の床に精液を吐き出す同僚を見下ろす。 ヤツは酷く咽ながら、蛇口から水を出し、口をゆすいだ。 「何で……離れ、ないんだよ」 肩で息をしながら、俺は申し訳なさで一杯になる。 「すっげぇ、不味い」 うな垂れたまま、ヤツはそう呟く。 手を引かれ、位置を交代する。 腰掛けるヤツのモノに手をかけながら、唇を重ねた。 モノをしゃぶるように、舌を舐る。 ヤツの身体が、俄かに震えだした。 唇を離れ、首筋に舌を這わせ、そのまま胸の辺りをまさぐっていく。 背中に手を回しながら、乳首を舐め上げる。 ビクンとヤツの身体が跳ね、俺の肩を掴む手の力が強くなった。 「敏感だな」 意地悪く、そんなことを言ってみる。 吐く息に、小さな声が混じっていた。 「……もっと、してくれよ」 甘い刺激に溶かされているような声に、俺は背中を押された。 脈打つモノを扱きながら、ヤツの乳首を甘噛みする。 刺激を与える度、腹筋が小さく盛り上がるのが見えた。 指で軽く摘むと、ヤツは顔を伏せる。 「顔、見せろ」 前髪に覆われた額に口をつけ、上を向かせる。 顔を歪めて快感に耐える同僚の表情に、激しく昂った。 ヤツの手が、俺の背中を撫でる。 モノの先端から液体が滲み出るのを感じ、俺は顔を股間へ埋めた。 汁を味わうように、じっくりと先端を舐る。 享楽の声を聞きながら、欲望のまま、モノに舌を滑らせた。 浮いた腰の下に手を入れ、割れ目に沿って、指を這わせる。 尾てい骨の辺りを撫でると、更に腰が浮き、モノが喉の奥まで入り込んでくる。 その苦しさが、堪らなかった。 絶頂が近い、そう思った時、頭を離される。 荒い息遣いのまま、ヤツは立ち上がり、俺の腕を引く。 「立って、壁に手、ついて」 虚ろな目で、ねだられる。 ヤツはまだ、アナルでやることを望んでいるんだろうか。 躊躇していると、強引に壁に押し付けられる。 腰に手を添えながら、ヤツは耳元で囁いた。 「入れねぇよ」 そう言って、尻の割れ目にモノを押し込んで来る。 「その代わり、ちゃんと、ケツ締めてろ」 硬くなったモノが、尻から前へ突き出してきて、僅かに玉を突いてくる。 その激しい腰の動きに、何故か犯されているような感覚に陥った。 背後から聞こえてくる声が徐々に大きくなり、やがてヤツは果てる。 その精液が、俺の足を流れ落ちて行く。 寄りかかるように抱きしめて来る同僚が、堪らなく愛しくなった。 再度シャワーを浴びて部屋に戻った時には、若干上せ気味だった。 「何で、そんなに……嫌な訳?」 ペットボトルの水を飲みながら、ヤツは聞いてくる。 「何となく」 そのボトルを受け取り、水を一口含む。 「一つになるとか、そう言う感覚はねぇの?」 「男の身体は、男と一つになるようには出来てねぇだろ」 「入れるところはあるじゃん」 「肉体的に一つになる必要なんて、無いと思ってる」 「そう考える奴も、いるんだな」 些か腑に落ちない、そんな口調でヤツは答える。 手持ち無沙汰のようにペットボトルを弄る様子を見て、ふと不安に駆られた。 「……俺、お前と、この後、どうなる?」 ベッドに隣り合って座っている同僚が、俺の顔を見やる。 「お前は、どうなりたいの?」 俺は、お前と、もっと一緒にいたい。 心を一つにしたい。 どうしても言えなかった。 男同士の世界に引きずり込むことに、抵抗があった。 こいつには、もっと、良い将来があるはずだ。 そんな葛藤に、苦しくなる。 ヤツの唇が、肩に触れる。 「このままじゃ、ダメなのか?」 「このまま……って?」 「仕事して、飯食いに行って……お互いに気持ち良くなる。で、さ」 顔が肩から首を経て、耳の側で止まった。 「ゲイはゲイ同士で付き合わなきゃいけないなんて決まりは、ねぇんだろ?」 勝手に線を引いていたのは、俺の方なのかも知れない。 手が頬にかかり、同僚の顔を正面から見つめる格好になる。 「……何とか、言えよ」 唇が震えて、言葉にならなかった。 「いい、それで……」 欲望のままに身体を求め合って、一時だけの刺激に溺れる。 こんな生活が、いつまでも続く訳無い、そんなことは分かりきっていて 冷静に将来のことを考えた時、例えば10年後、同じことができるかと言えば きっと、それは無理なんだろうと確信して、怖くなる。 その時、誰かが側にいてくれれば、ずっとそう願ってきた。 目前にいる同僚が、今までの男と違うのかどうかは、分からない。 けれど、自らの定めた規律を破り、俺は一歩踏み出す。 一つになることを、望みながら。 Copyright 2011 まべちがわ All Rights Reserved.