いつまでもアメリカン。http://foreveramerican.blog89.fc2.com/ --- 帰着(R18) --- -- 1 -- 「あたし、今日誕生日なんだぁ」 年に何回誕生日があるんだよ。 「そう。いくつになったの?」 「ん?にじゅういち~」 プラス5歳ってとこだな。 「だから、プレゼントちょーだい?」 安いスーツ着てる、しがないリーマンだって分かってるくせに。 「何が欲しいの?聞くだけ聞くよ」 「ん~喉が渇いちゃったから、飲み物欲しいなぁ」 彼女の視線が、ワゴンに乗せられたボトルに向かう。 それと同時に、彼女の手が俺の手を掴み、太ももに深く入ったスリットの中へ促して来た。 「一緒に、飲もうよ?」 ストッキングの滑らかな感触を感じながら、金の為に必死だな、そんなことを思う。 「何だよユーリちゃん、こんな男に手ぇ出しちゃダメだって」 そう言いながらトイレから戻って来たのは、同期の浅沼だ。 奴の顔を見るや否や、彼女は俺から離れていく。 「プレゼント欲しいなぁ、ってお話してたの」 「じゃ、今度アフター付き合ってくれたら、何でも買ってあげるよ?」 「ほんと?じゃあね……」 女の子は嫌いじゃ無い。 キャバクラの雰囲気も、悪くない。 それでも、金の対価としての時間の楽しみ方が、未だに分からない。 「お前は、相変わらず女の子の扱い、下手だねぇ」 「浅沼さんは、相変わらず羽振りが良いようで」 キャバクラからの帰り道、ユーリちゃんとのアフターの約束を取り付けたらしい浅沼は ご機嫌な調子で、俺の先を歩いていく。 「彼女なんて存在はご無沙汰だからなぁ」 「それは俺だって同じだよ」 「ああやって、たまに女の我が侭に触れるのが、楽しい訳」 「そんなもんかね」 やっぱり俺には、理解できない。 「先にシャワー浴びるわ」 「お前、家主より先に風呂入る奴がいるかよ」 「固いこと言うなって」 「そろそろ、家賃の何割か貰うかな……」 「ちっ、守銭奴が」 浅沼お気に入りのキャバクラがあるのが錦糸町。 俺の家があるのが亀戸。 週末の夜、深夜までキャバクラで遊んだ後に奴が帰るのは、何故か俺の家になる。 奴の家は葉山にあり、初めの内はちゃんとタクシーで帰っていたのだが 俺の家に泊まり、浮いた分を女の子に貢いだ方が良い、と考えたらしい。 風呂を出ると、浅沼は既に発泡酒に手を伸ばしていた。 「あんだけ飲んで、まだ飲むのかよ」 「こんなもんは、水だろ?」 「じゃ、水飲んでろよ」 浅沼は思い出したように、スーツの上着から煙草の箱を取り出す。 中から一本抜き取り、おもむろに火を点けた。 「お前、ホントに人に甘えるの下手ね」 「何だよ、それ」 「少しは直るかと思って、わざわざキャバ連れてってやってるのに」 「は?」 「甘えて、甘えられてのごっこ遊びなんだよ。あんなの」 「金払ってまで、やることかね」 「向上心が無いねぇ、我妻くん」 持っていた煙草を灰皿に押し付けると、半笑いのまま口を開く。 「そんなんじゃ、女出来ないぞ?」 「別に良いよ。緊急に必要なもんでも無し」 「そんな風に粋がって良いのは、高校生まで」 そう笑いながら、浅沼は俺のベッドに横になった。 「ちょ……っと待て。お前、先週はベッドだっただろ?今日は床だ」 「身体中痛くなるんだよ」 「俺だって同じだよ」 「じゃ、半分ずつで良いじゃん」 「シングルベッドに男二人が寝られる訳ねーだろ」 「大丈夫。お前、壁側で良いから」 こいつの甘える才能を1/10でも分けて貰えれば、キャバクラも楽しめるようになるんだろうか。 「電気はお前が消せよ」 俺は、自分のベッドに横たわる身体をまたぎ、狭苦しいスペースに身を沈める。 背中のすぐ後ろに感じる奴の体温が、妙な違和感を呼び起こし その夜は、なかなか寝付くことが出来なかった。 -- 2 -- それは、夢だったのかも知れない。 目を開けると、部屋の中は暗かった。 床に就いたのが夜中の2時過ぎ、寝付いたのは多分3時頃だから 2時間も経っていないだろう。 不意に、腹の辺りに冷たい手の感触が滑る。 Tシャツの中を静かにまさぐったと思うと、胸を通り、襟ぐりを越えて喉仏を指で撫でられる。 ちょっとした息苦しさで意識が戻っていく。 耳元で、寝息ではない、息遣いが聞こえる。 寝ぼけた意識の中で、自分がされていることを上手く認識できなかった。 後ろにいるのは浅沼のはずで、これは奴の手。 その手が、俺の顎に軽く添えられ、僅かに後ろを向かされる。 体を起こすような気配がしたかと思うと、唇に柔らかい感触が軽く押し付けられた。 どうして?俺はその疑問を深く考える暇も無く、睡魔に襲われる。 背後の身体は、再び俺に背を向け、横になったようだった。 「いつまで寝てんだよ」 そんな声で、起こされる。 昨日の酒が若干残っているのか、胸の辺りがムカムカした。 「あぁ?」 カーテンを開けられた窓からは、朝日と言うには高すぎるくらいの光が入ってきている。 ベッドに寄りかかるように座って煙草を咥えた浅沼が、俺を見ていた。 「……今、何時?」 「9時過ぎ」 「何でもっと早く起こさないんだよ」 「オレだって、さっき起きたばっかだ」 這うように、ローテーブルの上の煙草に手を伸ばす。 俺が咥えた煙草に、浅沼が火を点けてくれた。 寝ぼけた頭に、煙草の刺激が沁みた。 「やっぱ、シングルベッドに二人で寝るのは、無理があるな」 奴は首を左右に振りながら、そう笑う。 「そんなこと、分かりきってるじゃねぇか」 「お前、ベッド新しいの、買えよ」 「……馬鹿じゃねぇの?」 「本気だけど?」 じゃあ、お前が金を出せ、と言いかけて、ぐっと堪える。 きっとこいつなら、出す、と言いかねない。 「部屋が狭くなるだろうが」 「オレは気になんねぇけど」 「俺は、嫌なの」 しばらく経ち、浅沼が帰り支度を始める。 その様子を見て、真夜中のことを思い出す。 「そう言えば、お前、夜……」 「ん?」 夢か現かおぼろげだったけれど、唇の感触は、やたらにリアルだった。 「俺に……何か、しなかった?」 「別に、何も?」 「ホントに?」 「何なんだよ?」 「いや、なら、良いけど」 怪訝な顔をする奴を、これ以上追及しても無駄そうだ。 そう思いながら、腑に落ちない気分を払拭できなかった。 同僚を見送り、一息ついた部屋の中。 窓を開けると、冷たい風が吹き込んで来た。 建物だらけの風景を眺めながら、煙草に火をつけた。 考えれば考えるほど、浅沼の行為が現実味を帯びてきて、不安になる。 俺が気がつかなかっただけで、今までにもこんなことがあったんだろうか。 あれだけ女好きの奴が、どうして、よりにもよって俺なんかにキスをしてきたんだ。 世の中には、様々な性的志向が存在する。 当然のように、自分も、浅沼も異性愛者だと思ってきたものが、あの一つの行為で揺らいでいく。 冷静に考えれば、同性愛に大した拒絶感の無い自分がいることも確かで もしかしたら、それは足を踏み込んでいないだけ、なのかも知れないとも思う。 倫理に背くという意識に、繋ぎ止められているんだろうか。 男に恋をする感覚は、分からない。 けれど、男との情事がどんなものなのか、試してみたい気もする。 足を踏み入れるべきでは無いのかも知れない世界。 夢現の出来事が、俺の好奇心を僅かに刺激していく。 -- 3 -- 「我妻君、発表会の資料出来てる?」 「後は仕上げだけです」 「そう、じゃ月曜の試写までに完成させておいてね」 「分かりました」 俺の肩を軽く叩き、上司の古関さんがオフィスを出て行く。 残っているのは、写真の調整と文章の校正。 とりあえず、日を跨がないくらいまでには終わりそうだ。 そう思いながら、俺は再びPower Pointでの資料作りに精を出す。 今手がけているのは、来週行われる新モデル発表会のスライド作成。 もっとも、実業務は身障者用トイレユニットの設計で 実地調査に基づくデータと、人間工学的な観点を盛り込んだ新たなモデルを試作中。 ユニバーサルデザインを主題にした催し物の中で、新製品として発表することになっている。 資料が完成したのは、12時をちょっと過ぎたくらいだった。 頭を切り替える為、俺は1Fにある喫煙スペースへ下りる。 煙草に火を点けようとした時、携帯に着信があった。 「おう、お疲れ」 「お前、まだ会社?」 「そうだけど?」 浅沼は営業部に所属し、サービスセンターの統括部署にいる。 割と早い時間で上がれることもあって、俺の帰社時間とは、ほぼ合わない。 「早く帰れよ」 「何でだよ?」 「俺が入れないだろ?」 声は若干ほろ酔いだが、キャバクラを引き上げるには早すぎる。 「たまには、金曜の夜、家族と過ごすってのはどうなんだ?」 奴は実家暮らし。 家が金持ちだと言うこともあり、給料は全て小遣いだと豪語している。 悔しいけれど、羽振りの良さも納得できる話だ。 「冷たい奴だな」 「毎週泊めてやってる恩を差し置いて、何て言い方だよ」 「それは、感謝してるけど」 「悪いけど、もうちょっとかかりそうなんだよ。だから、今日は諦めろ」 浅沼との電話が終わった後、ディスプレイを見るとメールの着信履歴が残っていた。 『何時くらいに仕事終わりそう?』 短い文面が、関係の薄さを象徴する。 『今終わりました。これから行きます』 同じような薄いメールを、返信する。 携帯を握る手が、僅かに震える。 俺はその緊張を振り払うように、大きく深呼吸をして、煙草に火を点けた。 罪悪感を抱えながら、俺は会社を出る。 駅前のタクシーに乗り込み、行き先を告げた。 タクシーの運転手は、愛想の良い、けれど少し怪訝な声で応えた。 車が動き出すと同時に、俺は携帯のメールの履歴を消去し、そのまま電源を切った。 こうやって消したのは、何通目だろう。 携帯サイトで出会い、メールをする様になったのは5日前。 好奇心を掻き立てられて、すぐだった。 短期間ながら頻繁にやり取りをする中で、徐々に自分の決心を固めて行った。 尚早だ、そう思いつつ、今日初めて対面する。 不安と期待が入り混じる中、タクシーは湾岸道路を走って行く。 周りには住宅らしい建物は無い。 冷たい潮風が吹く公園近くのコンビニで、俺はタクシーを降りる。 背後にある駅は、終電を終えて閑散としていた。 それなのに、目の前のコンビニには数人の立読み客が雑誌に目を落としている。 ガラス越しに視線を向けると、その中の一人が俺の方を向き、軽く会釈をした。 メールの文面からは分からなかった穏やかな雰囲気を、その風貌は纏っている。 安堵の気持ちが、緊張を少し和らげてくれた。 「すみません、遅くなりまして」 コンビニを出てきた彼に、俺は頭を下げた。 「週末だからね、仕方ないよ」 柔和な笑顔を見せる男は、俺とちょうど一回り違う。 頭髪に混じる白髪と、目尻に刻まれる皺が、中年の雰囲気を一層強調していた。 「これは……外しておいた方が良いよ」 そう言って、彼は俺のスーツについた社章を指差す。 唐突な指摘にうろたえながら、俺はそれを外して財布に放り込んだ。 「大企業のサラリーマンも、鬱憤貯めてるんだね」 彼はそんな軽い嫌味を吐きながら、暗い公園へ向かっていく。 防風林が潮風に煽られ、大きく揺れている。 それはまるで、自分がこれから踏み込む世界を象徴しているようだった。 -- 4 -- こんな使われ方は、想定して無いのに。 公園の隅にある公衆便所に設置されている、身障者用トイレ。 型は古いから、俺が実際に携わった製品では無いが、うちの会社のユニットだ。 俺の社章を認めた彼は、それを知ってか知らずか、意味ありげな笑みを向ける。 「広いし、手洗いもあるからね。君には悪いけど、こう言うのにはもってこいなんだよ」 高さの低い車椅子用の便器に、手洗いと洗面器が1つずつ。 脇には簡易ベビーベッドがついている、一般的な形式だ。 彼は慣れたように、そのベッドに荷物を置く。 「初めて、なんだよね」 俺は彼に続くように、荷物とスーツの上着を置きながら、彼を見た。 「そう、です」 「別に、ゲイって訳でもないんでしょ」 「……はい」 「僕がこんなこと言うのもなんだけど……好奇心だけで踏み込むと、火傷するよ?」 今にも崩れそうな心が、その言葉で揺さぶられる。 「それでも良いなら、おいで」 彼の手が、俺の方に差し出された。 夢か現かの、浅沼のキス。 不意に芽生えた、ちょっとした好奇心。 目の前の男は、引き返すラストチャンスを与えてくれている。 軽く息を吐き、一瞬目を閉じる。 そして、俺は彼の手を取った。 満足げに微笑む男は、俺の身体を抱きしめる。 何か懐かしいような、不思議な感覚だった。 少し身体が離れ、頬に手がかかる。 近づいてくる彼の顔を直視できず、寸前で目を閉じた。 唇が一瞬触れ合い、再び重なる。 沸き上がる高揚感が、好奇心の答えを覗かせていた。 しばらくすると、口の中に舌が入ってくる。 口の開きは次第に大きくなり、差し出した舌を、彼の舌が柔らかく舐る。 熱い吐息が漏れ、互いの唾液で口の周りが濡れていく。 目を閉じていても分かる、女とは違う全ての感触。 俺の身体は、ぎこちないまでも、それを受け容れている。 腰に回された手が、俺のワイシャツをズボンから引き出す。 背中に冷たい感触が走り、それが背筋をゆっくりと広がっていく。 身体が軽く反ると同時に、彼の顔が俺から離れる。 目を開けると、舌の先から伸びる唾液の糸が切れるのが見えた。 もう一方の手が、俺のネクタイを緩め、ワイシャツのボタンを外す。 2、3個外したところで、彼の頭は浅く開いた首筋へ沈んでいき、舌が這う。 ザラザラする感触に押し出されるよう、深い息が出た。 両側に手すりが設置された、車椅子用の洗面器の前に立つ。 目の前の傾斜鏡は背の高い型で、服装が乱れた俺の下半身まで映りこんでいた。 背後に立つ男が、俺のネクタイを解き、ワイシャツのボタンを下まで外していく。 「今日は、君が先だよ」 耳元でそう囁きながら、その手をTシャツの中に差し込んで来た。 幾分熱を帯びてきた手が、腹から胸へ滑る。 手の動きに合わせて動くシャツの隆起が、乳首の辺りで止まり、指で刺激される。 柔らかい刺激が、手すりを掴む力を強くさせた。 首筋を唇が滑り、耳たぶを甘噛みされる。 僅かに興奮を覗かせる息遣いが、耳にかかる。 細く開いた視界の先には、鏡に映る俺と、彼。 男に身体を弄ばれている姿を見て、意識が冷静になって行く。 与えられる刺激を、快感と受け取って良いのか、そんな小さな葛藤が頭の中を巡った。 手が下半身へ伸びていく。 ベルトを外す気配の後、腰周りの隙間から手が入り込んで来た。 俺の身体が強張るのを感じたのか、彼は俺の頬に軽くキスをして、尋ねる。 「怖い?」 恐怖、嫌悪、困惑。 様々な思いが、彼の手によって産み出され、掻き消されていく。 腕から肩に広がる震えを感じながら、俺は首を横に振る。 下着の上からモノが静かに擦られ、小さな刺激に、背筋が痺れた。 根元から擦り上げられ、先端を軽く摘まれる。 その動きと呼応するように、上半身をまさぐる手は、動きを早めていく。 徐々に腰が浮き、前屈みになる身体を、洗面器と鏡が支える形になる。 目の前に、快感に溶け、虚ろな目をした自分の顔があった。 彼の手が、金具を外し、ジッパーを下ろす。 布の中のモノに、他人の体温が纏わりついた。 震える息が、鏡を曇らせる。 まるで焦らすように扱く手は緩慢で、それが逆に鼓動を激しくして行く。 うな垂れる頭が彼の手によって上向かされる。 「キス、してごらん」 そんな行為に、どう言った意味があるのか。 つまらない疑問は、唐突に強くなる刺激に飛ばされて行った。 -- 5 -- 飽きるほど見てきた自分の顔。 鏡の向こうのその唇に、自分の唇を重ねる。 冷たく、硬い感触が、妙な高揚感を呼んだ。 舌を伸ばし、舐めてみる。 唾液の筋が鏡を汚していく。 吐息が漏れて、一瞬自分の顔が白くぼやける。 思いも寄らない未経験の行為に、飲まれていく自分がいた。 「こっち向いて」 彼に呼びかけられ、身体を反り返らせるように振り向いた。 顎を掴まれ、彼の顔が間近に迫る。 「鏡で満足しちゃった?」 「……いえ」 「どうして欲しいの?」 一瞬、言葉が出なかった。 甘えるのが下手だな、そう言った浅沼の言葉が過ぎる。 知らない人間だから、却って素直になれるのかも知れない。 「……キス……して下さい」 冷たくなった唇に、熱を帯びた彼の唇が触れる。 温度が沁みてくる頃、舌で上の歯をなぞり、俺の舌を呼ぶ。 耳の下から首筋を撫でられると同時に、彼の舌を求めるように突き出した。 その行為は、断続的に与えられる下半身への刺激を助長していき 喉の奥から出る声を抑えることも出来なくなっていた。 モノの先端が親指でまさぐられ、思わず口を閉じた。 ヌルヌルとした感覚が全身を震えさせる。 「キスだけで、イっちゃいそう?」 何処か愉快そうな声が、軽い耳鳴りに混ざる。 目を閉じて悶える俺の瞼に唇が触れた。 「……開けて」 少しずつ見えてくる彼は、優しい笑みを浮かべている。 「可愛いね……もっと、気持ち良くしてあげるよ」 自分にそんな形容詞はそぐわない、そう分かっていても 恥ずかしくて、嬉しくて、昂ぶりが増していく。 Tシャツがたくし上げられ、彼の頭が胸の辺りで動く。 生暖かい感触が乳首を包んだ。 わざと音を立てるように吸い付かれ、その刺激で腹筋に力が入る。 もっと感じたい。 彼の頭をそっと押さえる。 欲求に応えるように、唇が乳首を挟み込む。 少し前の葛藤が嘘のように、快楽を素直に受け容れる。 視線を上げた先には、男に翻弄されている自分の身体が映っていて 目の奥には、好奇心の答えが浮かんでいた。 モノを扱く手の動きが早くなる。 足に力が入らなくなり、洗面器の縁に手をかけた。 「イきそう?」 言葉にならず、痺れる身体に抵抗するよう首を振る。 粘り気のある水音が激しくなり、頭の中が唐突に白くなった。 乾いた喘ぎと共に、俺は絶頂を迎える。 精液が彼の手から溢れ落ちて、床のタイルを汚すのが見えた。 このスペースがどれだけ情事に向いているのか。 悔しいけれど、実感することが出来た。 彼は自らの手を洗面器で洗った後、トイレットペーパーで俺のモノを丁寧に拭いてくれた。 床のタイルからも白濁した液が拭われ、それが便器の水流と共に消えて行く。 興奮冷めやらぬ俺の顔を、彼の冷たくなった手が包む。 軽くキスをして、彼は首を小さく傾げる。 「どうだった?」 これは、セックスの後に男が口にする台詞と同じ意味を持つのだろうか。 自分には分からない、他人の官能。 それを確かめたくて、発する言葉。 「怖いくらい……」 「良かった?」 答えを口にするのが躊躇われて、目を伏せた。 男同士の行為に囚われていく自分に、言い様の無い不安を覚える。 「俺……こんなこと、良いのかって」 親指で頬骨を撫でながら、彼は優しく問いかけた。 「別に、相手が男だろうが女だろうが、気持ち良くなる事は罪じゃないでしょ?」 -- 6 -- 与えられた快楽の対価は、払わなければならない。 穏やかな顔の造作は変わらないまでも、紅潮し、潤んだ目の彼の興奮は窺うことが出来る。 「同じことをして欲しい。けど……」 手が彼の股間へ促される。 その怒張はスラックスの上からでも分かった。 「君の戸惑いも、嫌悪感も分かるんだ。……僕もそうだったから」 彼の視線が刺さる。 その言葉通り、僅かに触れただけの手を、俺はどうすることも出来なかった。 軽い好奇心に押し出された、子供じみた欲求を満たしてくれた彼に対し 情けなさと申し訳無さがこみ上げる。 つかぬ間の沈黙の後、彼は俺の耳元で囁く。 「出来ないのなら、こう言うのでも、構わない」 そう言いながら、人差し指で俺の唇を撫でる。 隙間に割り込むよう口の中に入り込み、静かに舌先に触れた。 「しゃぶってくれる?出来るだけ、いやらしく」 二人きりの空間に、吐息が沁みる。 タイルの壁にもたれかかり、自らのモノを扱く彼。 その横に寄り添うように立ち、彼の指を口に含む俺。 音を立てて。 奥まで咥えて。 舌で舐る様子を見せて。 高揚した言葉に、俺は操られるように口を動かす。 指の本数は増えていき、やがて血管が浮き出ている手首にまで舌が伸びる。 落ち着いたトーンの上ずった声が次第に大きくなり、壁から下半身が浮いてくるのが分かる。 視線を落とすと、興奮しきった彼のモノが目に入った。 他の男のこんな状態を間近で見るのは初めてだった。 無性に刺激を求めている彼の姿。 俺の唇は彼の手を離れ、彼の唇を経て、下へ降りて行く。 液体で濡れている先端に、舌を這わせる。 独特の臭いと味が、気持ちを怯ませた。 見上げると、刺激に歪んだ表情の彼が、切なげな笑顔を見せる。 先端を咥え込み舌で刺激すると、堪りかねたような喘ぎ声が頭上から聞こえた。 「……良いですか?」 「あ、あぁ……」 声にならない声で、彼はその答えを絞り出す。 快楽に溺れる姿に、戸惑いが薄れて行った。 音を立てて、舌で舐る様子を見せつけるよう、彼から溢れる液体を味わう。 彼の手の動きが早くなり、一気に高みを目指し始める。 俺の頭に震える手が添えられ、僅かに力が入った。 唾液と彼の汁が混ざった液体が唇から糸を引く。 名残を惜しむように舌で一舐めし、身体を離した。 頭を抱えるように俺を抱き寄せ、間を置かず、短い喘ぎ声と共に彼は果てた。 微かに痙攣する彼の唇に、そっとキスをする。 「……すみません」 「どうして、謝るの?」 彼の求めに応じられたのかどうかが分からず、不安だった。 「良かったよ。ありがとう」 柔和な笑顔を見て、自分の衝動が招いた結果に安堵の気持ちが生まれた。 「君は、他に気になる男でもいるの?」 風が弱まった公園のベンチで、彼は言った。 「……どうしてですか?」 「メールで言ってたよね。君の好奇心をくすぐった男がいるって」 浅沼の顔が浮かぶ。 儚いキスだったのに、その感触は強烈に記憶に刻まれている。 「でも、あれは……」 「本当はそいつとの関係を、望んでるんじゃ無いかってね」 「俺の中では、仲の良い同僚、のはずなんです」 「近過ぎて、却って気がつけないのかもよ」 浅沼とは入社以来の仲だから、もう4、5年の付き合いになる。 週末の恒例行事が始まってからも2年近く経つから、大分仲の深い間柄であることは確かだ。 きっかけを作ったのはあいつ。 そう思いながら、俺はここまで事に及んだ。 全て俺の意思なのに、他人のせいにしてしまうのは、自分の本心を目の当たりにしたくないからか。 「身体が疼いたら、また付き合ってあげる」 彼は、そう微笑む。 「でも、身も心も満足する相手を見つけたら、離しちゃダメだよ」 -- 7 -- ここに来る乗客の目的を分かっているんだろう。 さっき乗り付けたコンビニの前には、何台かのタクシーが客待ちをしていた。 彼と別れ、家路につく。 車中で携帯の電源を入れると、すぐに留守電サービスのメールが届いた。 「オレだけど。帰ったら電話くれ。近くのネカフェにいるから」 その声を聞いて、急に後ろめたい気分に駆られる。 何て言い訳をしたら良いのか、自宅までの短い時間、そればかりを考えていた。 「お疲れ。もう、家か?」 眠そうな声が、電話の向こうから聞こえて来た。 「ああ、今帰って来たところ。……家に帰らなかったのか?」 「まぁね」 あくび混じりの、いつもと変わらない声。 「お前、電源切ってた?」 「電池切れちゃってさ」 「充電器くらい、引き出しに入れておけよ」 あまり頭が回っていない様子に些かホッとする一方、次の言葉を発するのに、間が空いた。 彼の言葉に何か触発されたのか。 いつもと変わらないはずなのに、妙な緊張感を抱いていた。 「……今から、来るか?」 「そうさせてくれ。腰が痛てぇよ」 「分かった。待ってるから」 程なく、睡魔に半分ほど憑かれたような同僚がやって来る。 「随分、遅かったんだな」 「プレゼン資料がなかなかまとまらなくてね」 「設計は大変だな」 さほど同情の念は感じられない言葉を放ち、奴はベッドに倒れ込む。 「もう、マジ限界」 「スーツくらい、脱げよ」 「面倒くせぇなあ……脱がしてくれよ」 「はぁ?ガキじゃねぇんだから」 「ガキで結構」 そう言って、奴は横になったままモゾモゾと身体を捩らせて服を脱ぎ出した。 「しょうがねぇな」 結局俺は、こいつのペースに飲まれっぱなしだ。 奴のベルトを外し、ズボンを脱がせ、脱ぎ捨てられたスーツの上着と一緒にハンガーにかける。 眠りに落ちる寸前の身体を僅かに起こし、ネクタイを解き、ワイシャツのボタンを外していく。 その時、不意に、鏡に映った自分の姿が脳裏に浮かんだ。 淫らな欲望を剥かれ、鼓動が早くなって行った、あの一時。 肩口からシャツを抜こうとした時、顔が近くなった。 「……浅沼」 「う……ん?」 夢現、だろう。 そんな様子の同僚の唇を暫く見つめ、俺は自分の唇を重ねてみた。 ほんの一瞬の出来事。 目を閉じた浅沼の反応は、無かった。 もう、眠りに落ちているのかも知れない、と安心していた瞬間。 奴の目が薄く開いた。 「……今、何した?」 「べ、別に?」 「……そ」 口角が僅かに上がる。 突然俺の首に奴の腕が巻き付き、抵抗する間もなく、唇が奪われる。 得も言われぬ雰囲気が、肩を震わせた。 何て夜なんだろう。 出会い系で知り合った男と、付き合いの長い同僚。 二人の男と唇を重ねた俺。 この期に及んで、自分の気持ちが分からない。 男と身体の関係を持ち、歪んだ欲求を満たしたいだけなのか。 男と恋愛関係に陥り、嵌るはずの無いピースを無理矢理押し込む苦しさを味わいたいのか。 顔と身体が、段々とベッドに引きずり込まれて行く。 脱がしかけのシャツを離し、奴の頭を抱えるような格好で腕を投げ出して、自分の身体を支えた。 再び目を閉じた浅沼の舌が、唇の上で俺の舌を呼ぶ。 躊躇い、震える舌をその先端に沿わせた。 軽く擦り合わせると、口の縁から息が漏れる。 細く開いた奴の目が、俺を捕らえた。 ふと、腕の力が弱まり、唇が離れて行く。 「お前、今日、何処行ってた?」 「い、言っただろ?残業で……」 「外線にも出ずに、仕事に没頭か?」 言葉が続かない。 いろいろ考えたはずの言い訳を、同僚の詮索するような視線がかき消して行く。 -- 8 -- 「女?じゃあねぇよな」 浅沼の手が首から背中へ滑り落ちて行く。 「すげー、ムカつく」 「何が……」 「余韻残して、帰って来やがって」 腰に手を当てられ、上半身が重なるように触れ合う。 「他の男の匂いが、べったり付いてんだよ」 鋭い視線の中に見えたのは、嫉妬なのか。 堪らず目を逸らした時、携帯にメールが届く。 奴の腕が、自身の身体から俺を突き放す。 「彼氏かな?」 ベッドから起き上がり、ワイシャツを脱ぐ同僚が、薄笑いを浮かべながら様子を窺っていた。 「見ねぇの?」 「別に……後でいい」 「良いよなぁ、そいつ」 「は?」 「オレが何年もかけて手に入れようとしてたものを、あっさり持ってったんだから」 「……何だよ、それ」 煙草に火を点けて、大きく煙を吐き出しながら、奴は呟く。 「何で、オレじゃねぇんだ」 浅沼が、秘めた感情を露にしたのは、それが初めてだった。 悔しげな、寂しげな表情を浮かべた同僚は、煙草を灰皿に押し付けながら尋ねる。 「お前、男が好きな訳?」 「別に……そう言う訳じゃ」 「んじゃ何で、男とやってんの?」 「お前が」 「オレがキスしたから?」 「……そう」 「おかしいだろ、それ」 正直、好奇心を試す相手は誰でも良かった。 彼と関係を持ったのは、偶然出会ったから、それだけだ。 ただ、俺の中には、浅沼と、と言う選択肢は無かった。 嫌われたくないから。 失いたくないから。 裏を返せば、俺の中には、奴との関係を望む気持ちがあったのかも知れない。 「オレはね」 軽く溜め息をつき、視線を落とす。 「ずっと、お前だけ、見てた」 「……そんなの、分かる訳、ねぇだろ?」 どう考えても女好きとしか思えない行動しか見せなかった奴の、告白。 俄かに信じるのには、無理があった。 「そりゃ、そうだよな」 自らを嘲り笑うような声を上げ、奴は続ける。 「オレだって言えねぇよ。男を好きになったなんて」 その視線は、床に落ちたままだった。 「誤魔化す為に、どんだけ苦労したか……」 灰皿に残る、さほど吸っていない吸殻を取り出し、火をつける。 シケモクの独特の臭いが、鼻を突いた。 「そいつのこと、どう思ってんの?」 浅沼は、そう言って俺の携帯を見やる。 「別に……一回会った、だけだし」 「ふ~ん……」 奴の手が、俺の頬に触れた。 「オレと、同じこと、出来る?」 その問いに、どう答えるべきなのか。 迷えば迷うほど、浅沼を傷つけることは分かっているのに、素直になれない。 「やべぇな、オレ。嫉妬しすぎて、お前のこと嫌いになりそう」 ぎこちない笑い声を上げながら、立ち上がり、足元に落ちているワイシャツを拾い上げる。 「帰るわ。頭冷やさないと、ダメだ」 見上げる俺に視線を落とし、遣り切れない顔を見せる。 何かを言いかけて、その口をつぐむ。 タガは外れている。 後は、蓋を開くだけだ。 「……浅沼」 「何だよ」 「風呂、入って来い」 嵌らないピース、完成しないパズル。 それを目の前にして、緊張感が高まる。 ユニットバスから聞こえてくる水音が身体に響いて来て、軽く酔った気分になった。 煙草の箱は、空になっていた。 浅沼が吸っている、ちょっとキツめの煙草を一本拝借して火を点ける。 ベッドにもたれかかり、漂う煙を見つめた。 もう、好奇心、と言う言い訳は通用しない。 -- 9 -- 水音が止む。 しばらくして、上半身裸の同僚が、無言のままで部屋の入口に立つ。 入れ替わりでシャワーを浴びようと立ち上がった時、奴が口を開いた。 「お前は、良いよ」 「は?」 濡れた髪を拭きながら俺に近づき、皺の刻まれたワイシャツに顔を寄せる。 「……その匂い消して、オレの、つけてやる」 小さく呟いたその声には僅かな敵意の影が見えて、背筋が寒くなった。 奴に手を引かれ、俺はベッドに横になる。 仰向けの身体に同僚が馬乗りになり、ベッドの軋む音が響いた。 ネクタイに手がかかり、解かれる。 ワイシャツのボタンが上から外され、けれども全てを脱がされることは無い。 肩口までずらされて露わになった首元に、ゆっくりと舌が這う。 刺激で肩を捩ると、濡れた髪が頬をくすぐり、その冷たさが興奮を煽った。 首から耳へ柔らかい感触が上って来て 耳の裏側を丹念に舐り、耳たぶをしゃぶるように甘噛みする。 熱を帯びた手はシャツの中に入ってきて、上半身をまさぐり始めた。 「何されて、気持ち良くなったんだ?」 目の前で、妬みを含んだ問いが向けられる。 「何……って」 彼との行為を口にするのは憚られて、居心地の悪い静寂が訪れる。 首の下に腕が回り、浮いた頭に奴の顔が近づいてくる。 逆の手は、肩から二の腕の辺りを撫でていた。 「不安……なんだよ」 「どうして?」 「お前が、満足してくれるのか、分からない」 「好きなように……すりゃいいじゃん」 「そんなんじゃ、勝てねぇだろ」 「何に?」 浅沼の切なげな表情が、歪む。 「……初めて、に」 くだらない、と切り捨てるのは残酷なんだろう。 初めての男、初めての女を意識する気持ちは、よく分かる。 初体験の女は、処女じゃなかった。 それだけで、どうしようもない劣等感を抱いた昔のことを思い出す。 長年想い続けてきた相手が、心も通わせていない他人と初めての関係を持つ。 俺だったら、冷静じゃいられない。 動きの止まった浅沼の両肩を掴み、上半身を起こさせる。 「場所、交代だ」 「は?」 「良いから、言うこと聞けよ」 不可解な様子で、同僚がその身体を避ける。 俺は、ワイシャツを定位置に戻しながら、ベッドを降りた。 「お前、男としたこと、あんの?」 「……ある訳ねぇじゃん」 照れたように目を伏せる奴の身体を引き寄せ、ベッドに促す。 覆い被さるように、その上に跨った。 「じゃ、俺がお前の、初めて、だな」 「な……」 「それで、いいだろ」 複雑な表情を見せる唇に、俺は自分の唇を重ねた。 未だ湿気を帯びた肩から、二の腕に向かって撫で下ろす。 もう一方の手で顔を上向かせ、首筋に舌を這わせた。 深く吐く息が、俺の髪を僅かに揺らす。 鎖骨を軽く唇で挟んでなぞると、窪みが深くなる。 手を添えた脇腹が強張り、早くなる鼓動を感じる。 一つ一つの反応を楽しむよう、俺は同僚の身体を解して行った。 当処も無く枕を掴む浅沼の手を、自分の下半身に誘う。 その意図を汲んだのか、奴は俺のベルトを外し、ズボンの前を開ける。 隙間から入ってきた手がモノに触れ、腰が引けた。 同僚との関係が崩れていく瞬間。 戸惑いを払い除けるように、再び目の前の身体に舌を滑らせる。 腰を浮かせ、四つん這いになった格好で、浅沼の乳首を舌で転がす。 奴の手は、俺のモノを軽く扱き始める。 ベルトの金具が起こす金属音が、荒くなる息遣いに混ざって行く。 キスを求めると、その唇の動きは興奮を隠しきれていなかった。 熱くなる身体を、もっと感じたい。 「なぁ」 「……ん?」 「脱がして、くれよ」 -- 10 -- ワイシャツの袖が、腕から静かに抜け落ちる。 Tシャツをたくし上げる掌が、脇腹を撫でて行く。 ベッドに膝立ちのままで抱き合い、上半身を触れ合わせた。 心臓の震えを、肌で感じる。 崩れたものが、少しずつ形を作っていくような、そんな気分だった。 互いに裸になり、向かい合わせでベッドに横になる。 唇を重ね、舌を絡めた。 今まで垣間見ることの無かった、同僚の表情。 言い様の無い空気が、身体の隙間を埋めていく。 微かに震える手が、俺の胸を撫でる。 その腕と交叉させるように、俺は腹から下に手を伸ばす。 硬直の雰囲気を見せるモノをそっと擦ると、奴の眉間に切ない皺が寄った。 胸の辺りに顔を寄せると、腕が俺の背中に回される。 押し付けられるように間近に迫った肌に、舌を這わせた。 やがて突起を捕らえ、そこを舐め上げる。 背中に添えられた手に、力が入る。 手の中にあるモノが、俄かに反応するのを感じた。 首に腕を回して、身体を抱き寄せた。 扱く手の動きを早めると、耳元で小さく喘ぐ声が聞こえてきた。 背中の手が滑り落ち、腰を回り、足の付け根辺りを撫でてくる。 高揚感が、言葉を押し出す。 「……触ってくれよ」 フッと鼻で笑うような声が聞こえた。 「そんな、甘えたこと……言えるんだな」 求めている場所へ、手が動く。 玉を撫で、モノの根元から触れられると、思わず背筋が伸びた。 双方の手で昂ぶりを感じ合いながら、隙間を嫌うように身体を密着させる。 首筋に、熱く湿った感触が広がった。 唾液の筋が伸びて行くのを感じながら、抑え切れない声を必死に噛み殺す。 その感触は、短く生え始めた髭をくすぐりながら、喉仏の方へ向かっていく。 軽く唇で挟まれると、苦しさと違和感で、乾いた喘ぎを吐き出させた。 「お、まえ……そこ、好きね」 「ん……何か、そそられる」 普段、他人の手が触れるような場所じゃない。 だからなのか、ただ舐められるだけでも、妙な方向へ刺激が変換されていく。 先端から染み出た汁が、モノの全体を濡らし、手を潤ませた。 「……口で、するか?」 「いや……このままで、いい」 すぐ目の前に迫る同僚の顔は、上気して赤みを帯びている。 「お前の、顔、見てたい」 きっと、俺も同じような表情をしているんだろう。 そして、俺と同じように、奴もそれに欲情しているんだろう。 自分の手の中にあるモノを、同僚の手に近づけて行く。 俺のモノから手が離れ、互いのいきり立ったモノが触れ合った。 軽く手を添えて、擦り合せる。 扱く刺激よりは小さいけれど、そこはかとない恥ずかしさが、興奮を呼ぶ。 二人の手で、互いのモノを前後から挟みこむように包み、ゆっくりと上下に動かした。 「あー……これ」 肩を震わせる浅沼が呟く。 「すげー、気持ち、い……」 手の動きが早まるにつれ、漏れる吐息が互いの顔を火照らせる。 迫る絶頂を前に、衝動的に舌を絡めあう。 小さな耳鳴りを感じ、思わず大きな息を吐いた。 瞬間、虚脱感が全身を襲う。 そんな中で、自分の精液に塗れた手に力を込め、同僚の身体を追い込む。 続くように奴の身体は僅かに仰け反り、腹の辺りに熱い液体が満ちた。 行為の後のキスは、儀礼みたいなものなんだろうか。 震える唇を擦り合わせ、満足感を共有する。 嬉しそうに微笑む眼前の顔を見て、俺は思う。 もしかしたら、ピースは、嵌るかも知れないと。 ベッドにもたれ、煙草をくゆらせている同僚を横目に、俺はベッドからシーツを引き剥がす。 「慌しい奴だなぁ」 「これじゃ、寝れねぇだろうが」 「そうだけど」 「洗濯すんのは、俺なんだから」 僅かに重みを増したシーツを丸くまとめ、洗濯機に放り込んだ。 「なぁ、我妻」 「ん?」 咥え煙草で新しいシーツを敷きながら、浅沼があの提案を再度持ちかける。 「やっぱ、ベッド大きいの買おうぜ」 「まだ言ってんの?」 「だって、狭いじゃん」 俺はわざとらしく溜め息をつき、奴を見た。 「しょうがねぇな……金、半分出せよ?」 「幾らでも出してやるよ」 笑う奴の口から煙草を抜き取り、大きく吸い込む。 「あと……」 やっと、素直になれる気がした。 「ちゃんと、毎週、来いよ?」 真夜中過ぎに床に就いたにも拘らず、何故か早く目が覚めた。 背後からは、同僚の寝息が聞こえている。 起こさないように体をまたぎ、ベッドを降りる。 テーブルに置かれた携帯を手に取り、メールを確認した。 『見つかった?』 ただそれだけの本文に、俺は返信をする。 『見つかりました』 そして、履歴を消去した。 「いつまで寝てんだよ」 薄目を開ける浅沼に、そっとキスをした。 奴は些か驚いた表情を見せた後、口角を上げて笑う。 「いいね、こう言うの」 「何、言ってんだ」 最後に嵌ったピースは、少し歪な形になったかも知れないけれど ともかく、パズルは完成した。 俺の首に腕を絡め、キスをせがむ同僚を見ながら 洗濯が終わったら、早速ベッドを見て来よう、そんなことを考えていた。 Copyright 2011 まべちがわ All Rights Reserved.