いつまでもアメリカン。http://foreveramerican.blog89.fc2.com/ --- 確信(R18) --- -- 1 -- 薄暗い室内に蠢く影と、纏わりつく様な熱気。 ライターの火が一瞬周りを明るく照らし、小さな火が灯る。 照らされた彼の顔は、既に虚ろな表情を浮かべていた。 「もっと、嬉しそうな顔したらどうだ?」 そんな声に、目を細め、顔を歪める。 ボールギャグの隙間から漏れるヒューヒューと言う音が、徐々に大きくなっていく。 手にした蝋燭を僅かに傾けると、男の胸板に小さな赤い染みが出来た。 身を捩るように反応するその身体を見ながら、昂揚感が加速する。 拘束椅子に身を委ねる男の上半身は、徐々に赤く染め上げられていく。 全身から噴出している汗が、数少ない照明の光で輝いていた。 へその辺りに雫を落としてやると、喉の奥から搾り出すような呻き声が聞こえる。 「ここが良いのか?」 窪みを埋めるように、執拗にその部分を責める。 スキンヘッドの頭を緩やかに振りながら、彼は刺激に耐えているようだった。 大股開きで固定された二本の足の付け根には、萎れたモノがぶら下がっている。 玉とモノの付け根に固く巻き付いた赤い紐が、身体の震えに呼応するように揺れていた。 剃毛された股間に、蝋を垂らして行く。 跳ねた身体が拘束具に制止され、引き換えに大きな金属音を立てる。 怯むような視線は、加虐を求める合図。 段々と張りを増してくる部分を囲むように、赤く筋を付けていく。 「ほら、もっと突き出せよ」 恐怖の中に期待を覗かせる目で俺を捉えながら、彼は幾ばくかの力で腰を浮かす。 差し出されたモノに手をかけ、裏筋に熱い刺激を与えると、抑圧された悲鳴が部屋に響いた。 固まった蝋の感触を確かめるよう、股間にローションを塗り広げていく。 尻の方へ滴り落ちていく液体を掬い、割れ目に塗りこむ。 小刻みに動く穴に指を当てると、まるで食いつくように指先を飲み込まんとする。 しばらく解すように指を動かし、中指を根元まで一気に差し込む。 仰け反るように背中を浮かせる抵抗を見せながら、けれど、指に吸い付き離れようとはしない。 「これじゃ物足りないだろ」 指を伝って狭い隙間から入り込んだ粘液が、淫らな音を立てた。 膨らんだ睾丸に赤い紐が食い込んでいく。 既に暴発しそうな身体。 目を閉じ、眉間に深い皺を刻む彼の顔を見て、更なる欲望が湧きあがる。 口枷を外すと、唾液と共に激しい息が吐き出された。 大きく震える唇と、俺を見上げる弱弱しい、けれど乱れた眼差しが彼の激情を物語る。 顔の前に玩具を差し出すと、一つ息を吐き、ゆっくりと舌を這わせていく。 息を飲む度に揺れる喉仏を指で弄ってやると、咳き込むように喘ぎながらも物体を舐る。 「待ちきれなさそうだな」 その問の答が、潤む瞳に映り込む。 唾液に濡れた物で、首筋から身体をなぞる様に下ろしていく。 粘液を纏わせるように尻の割れ目を何回か擦った後、静かに玩具を穴に沈めた。 「う……っあ」 押し込むほどに、彼の口から声が漏れた。 きつかった感触が、出し入れする毎にスムーズになる。 蝋で汚された腹筋がその陰影を表していく。 痛々しく腫れ上がった部分を乱暴に掴むと、乾いた悲鳴が上がる。 「もうパンパンだな。イきたくて、堪らないのか?」 「あっ、あ、は……い」 歯を食いしばり、首に浮き上がる筋が、その焦燥感を表していた。 「本当か?もっと、気持ち良くなりたいんだろ?」 穴に差し込まれた玩具のスイッチを入れると、全身が跳ねる。 残酷に拘束されたモノが、俄かに卑猥な昂りを見せた。 根元まで刺さった物体をロープで固定したまま、快楽に溺れる彼の前に自分のモノを突きつける。 頭をもたげ始めている先端を味わうように舐め、そのまま口に含む。 片方の乳首にだけ付けたチェーンクリップを引っ張り上げると、喉が勢い良く締まる。 「んっ……う」 苦しげな声に、身体を突き抜ける快感が増幅されるようだった。 虐げる手を休める事無く、彼の顔に腰を打ちつける。 「ほら、もっと、締めろよ」 モノの付け根に、口から漏れる生温い液体が絡みつく。 汗で湿る彼の頭を掴み、腰の動きを激しくしていく。 彼の呻き声が脳に染み渡る頃、俺はその口の中に精液を流し込んだ。 喉が液体を押し込み、再び開いた口から、残った白濁液が垂れていく。 その顔に目をやりながら、波打つ腰周りに手を伸ばす。 モノを握り、親指で下から擦り上げた。 声にならない声を上げながら、彼は狂ったように首を振る。 「どうした?このまま、イくか?」 「だ、させ、て……くだ、さい」 悶える姿を愉しみ、放出することを抑制していた紐を解く。 ほんの数回扱いただけで、張り詰めていた玉が一気に弛緩し、精液が流れ出た。 拘束を解き、未だ呆然とする彼の額にそっと口付ける。 生気が戻って来つつある目が、俺を見た。 吸い込まれるように、再び唇を瞼につける。 満足そうに微笑む姿に、愛しさが募る。 「……誰にも、渡さない」 -- 2 -- スーツを纏う大柄な身体に、角ばったフレームの眼鏡をかけたスキンヘッドの男。 気後れしそうな第一印象だった彼と知り合ったのは、1年ほど前。 「お一人ですか?」 初めて入った店で周りを窺うように酒を飲んでいた俺に、彼はそう声をかけてきた。 同じ性指向を持つ男からの、初めてのアプローチ。 もちろん、それを期待して足を踏み入れたにも関わらず 彼の風体も相まってか、少し、心が後ずさりするのを感じていた。 3つ年上の彼は、イツキ、と名乗った。 それが苗字なのか、名前なのかは分からない。 強張る気持ちは、微妙な距離を置いて隣に座る彼にも伝わったのかも知れない。 「ヒロトシ?どういう字、書くの?」 一つ一つ緊張の糸を解いていくような、優しく、落ち着いた口調で彼は言葉を並べる。 「どうして、俺に……声、かけたんですか?」 たわいも無い話を続け、真夜中の入口に差し掛かる時間。 未だ勝手の分からない俺は、そんな質問をぶつけた。 眼鏡の奥の眼が、少し細くなる。 「裕俊くん、すごい、オレのタイプだから」 直球の答えに、どんな顔をして良いのか分からない。 「そ、そう、ですか」 「ごめんね、自分勝手なこと言ってるけど。本当だよ」 優しげな笑みは、それが本心であることを表しているようだった。 「また、会えると、嬉しいな」 1、2週間に一回だった逢瀬は、次第に頻度が高くなっていく。 同性にしか恋愛感情を持てない自分、それを認めたくない気持ち。 彼の存在は、その葛藤と正面から向かい合う機会を与えてくれた。 心を通い合わせることに対する僅かな抵抗が、少しずつ薄くなっていくようだった。 ある週末の夜。 店を出て、小さな公園で終電までの時間を過ごす。 「来週、出張で福岡に行かなきゃならなくてね」 「何日くらい?」 「一週間かな。本社研修なんだ」 「そうですか」 電話だってメールだってある。 寂しい、そんな子供じみた感情を出さないよう、無理に笑顔を作る。 「気をつけて……」 不意に、目の前が暗くなった。 隣に座る彼の胸に、頭が埋もれる。 「たった一週間なのに。耐えられるかな、オレ」 同じ想いに駆られている一時。 彼の腰にそっと腕を回し、顔を密着させる。 ワイシャツを通して響いてくる鼓動が、俄かに早くなるのを感じた。 「どっか、泊まって行こうか」 呟くように言ったその言葉に、声が出なかった。 不安が無いと言ったら、嘘になる。 それでも、この気持ちを和らげることが出来るなら。 彼の身に回した手に、少しだけ力を込めた。 俺の後頭部を唇で優しく撫でる彼の腕にもまた、力が込められる。 終電を逃した二人組のサラリーマン。 内情を知らないホテルマンにとって、それは日常の出来事なんだろう。 あてがわれたツインの部屋は、至って普通のビジネスホテルのもの。 その空間が、目の前に立つ男の存在で、俺にとっての非日常になっている。 カバンをベッドに置いた彼の手が、俺の手を取る。 向き合った目が真っ直ぐに俺を見ていた。 動揺を抑えるように、その手が頬を包む。 「好きだよ」 ゆっくりと近づいてくる傾げた彼の顔に、視界が覆われる。 彼の柔らかな唇の感触で、自分の唇の震えを実感した。 ただ、そこに立つことしか出来なかった俺を、彼はきつく抱き締めてくれた。 無理に手を引くような真似を、彼はしなかった。 シャワーを浴び、同じベッドに横になっても、抱き合って、キスをするだけ。 何度目かのキスの後、依然緊張が残る俺の顔を撫でながら、彼は言った。 「敬語は、もうやめよう。イツキって呼んでくれて、良いから」 「……分かった」 筋肉質な彼の腕が、俺の二の腕に食い込んでくる。 その窮屈な感覚が、心を熱くさせた。 「イツキ」 「ん?」 「俺も……好き」 「ありがとう。嬉しいよ」 自ら、彼の唇を求める。 互いが触れた後、狭い隙間に舌が入ってくる。 舌先を擦り合わせ、ざらついた感触を脳に沁み込ませた。 浅い皺を眉間に寄せながら吐息を漏らす彼の顔が、細い視界に映る。 これが、男との情事。 やっと巡り会えた幸せの機会に、胸が震えた。 -- 3 -- 「裕俊、一つ、頼みがあるんだ」 何回か夜を共にし、互いの身体を昂らせることに悦びを感じ始めてきた頃。 ビジネスホテルの簡素なベッドに腰を下ろした彼は、自分のネクタイを外しながら、言った。 「何?」 「これで……手、縛って、くれないか」 「え?」 目を伏せ、白い線が入った紫紺のネクタイを握り締める彼の手は、僅かに震えていた。 彼との性行為は、互いの手でなされることが殆どで 多分、男同士のセックスと言うには程遠い段階なんだと思う。 未経験のことに対する恐怖もあるし、今の行為で十分だと思う気持ちもある。 けれど、彼がそれで満足しているのかどうかは分からなかった。 そんな不安を抱えている中での、彼の請願。 突拍子も無い方向の言葉に、軽く混乱を覚える。 「やっぱ、無理だよね」 しばらく続いてしまった無言の時を、彼の呟きが壊す。 居た堪れなさげにうな垂れる彼の頭に、そっとキスをする。 手から下がるネクタイを取り上げ、彼の背後に回りこむよう、ベッドに上がった。 「……服着たままで、良いの?」 訊ねながら腕時計を外し、ワイシャツの袖口を一回だけ折り返す。 「ああ……このまま、で」 俯いたままの彼の後頭部を見ながら、腰の辺りで組まれた両手首にネクタイを巻きつける。 結び方で、俺の躊躇いを感じたのだろうか。 「もう少し、きつくして、くれる?」 震えた声が、身体を強張らせる。 息を吐き、自分の気持ちが向くべき方向を探した。 結び目を緩め、再度絞め直す。 紐が手首に食い込み、痛々しいだけに思えた。 背中に圧し掛かる重い空気を、彼の言葉が、ほんの少しだけ軽くした。 「……ありがとう」 手の自由を奪われた彼の後姿を見ながら、途方に暮れる。 ベッドに胡坐をかいたまま、その身体に触れることも出来ず かと言って、正面から表情を窺う勇気も無かった。 徐々に、彼の息遣いが荒くなり、首筋の辺りが紅潮していく。 そんな変化を見ているのも、怖かった。 「イツキ、俺……」 「ごめん、ずっと、言えなかったんだ」 「何、を?」 「オレ、苛められるのが……好きなんだ」 自分自身が、SかMかと問われたら、俺は何と答えるだろう。 Mだなんて言ったら、何となく弱弱しい印象を与えるから、Sだと言うかも知れない。 目の前の男に関しては、見た目だけなら絶対的なサディズムを備えているようにも思える。 けれど、加虐行為を恋人から求められた今、そんな線引きは全く無意味なものだと思い知らされた。 「気持ち悪がられると思って、口に出来なかった」 鼓動が早くなり、思案が巡る中、彼はか細い声で言った。 「でも、裕俊が好きだから。だから……君に、苛めて、欲しい」 静かに振り返る彼の眼鏡の奥には、欲求の糸と縺れた様な、潤んだ目があった。 背後から手を回し、彼のワイシャツのボタンの上から外していく。 揺らぐ鼻息が、慣れない動きにおぼつかない手の甲を撫でる。 好きだから、その身体を痛めつけ、苦しめる。 そんな感情に置き換わるまで、一体どのくらいかかるんだろう。 一寸先も見えないまま、俺は彼の言うがままに、彼の身体に手を伸ばす。 Tシャツの中で、早い鼓動に連動するようにぶれる厚い胸板を撫でる。 うなじから後頭部に舌を這わせると、肩が強張り、うっすらと青筋が立った。 指が2つの突起に差し掛かる。 硬い感触が、彼の昂りを示しているようだった。 「そこ……摘んで、くれる?」 耳元で響く低い声。 躊躇いを振り切るように、指に力を込める。 「……っ、う」 呻き声が、心を惑わせる。 「怖がら、なくて、良いよ」 痛みと快感に身を震わせる彼が、そう呟いた。 「でも……」 「裕俊に、されることなら……何でも、耐えられる、から」 親指と人差し指で、絞るように摘む。 深い息を吐きながら、彼は更なる刺激を求める。 「捻る、みたいに、引っ張っ……て」 屈折した快楽に埋没していく、腕の中の男。 引き摺りこまれる様に、俺の心も俄かに沈みこんでいく。 -- 4 -- うな垂れる彼の額に唇をつける。 ずれた眼鏡の向こうから、充血した目が俺を見ていた。 両手でその頬を包み、そっとキスをする。 程なく離れた唇を、彼の舌が呼び戻す。 軽く開いた口の中で舌を絡ませる内に、互いの吐息が顔を紅潮させていった。 彼の前に座り、ベルトに手をかける。 触らずとも分かるほど、彼の昂りは明白だった。 スラックスの上から撫でると、悶えるような溜め息が降ってくる。 前を開けようとする俺の手を、彼の言葉が制した。 「まだ……待って」 何かを言おうとしている唇が、声を出せないまま震えている。 腰を上げ、彼の鼻先に顔を近づけた。 「どうして、欲しいの?」 「……叩いて、欲しい」 求める視線が、自らの下半身へ向かう。 「それ、で」 彼が求めるから、だから、やるんだ。 そんな言い訳を心の中で唱えながら、俺は彼のスラックスからベルトを引き抜いた。 ベッドに向かって膝立ちになった彼は、そのまま上半身をベッドに伏した。 縛られた両手は、硬く握り締められていた。 衣服を肩の方へたくし上げると、うっすら汗ばんだ背中が顔を出す。 「思いっきり、やってくれて、良い」 覚悟を決めたような彼の言葉を聞きながら、ベルトの金具部分を握る。 まだ程ほど新しいだろうそのベルトは、艶のある固さを保っている。 唇を噛み、息を整えた。 苦痛を待ち侘びる彼の身体に、黒い鞭を振り下ろす。 軽く風を切る音、甲高い打撃音。 「いっ……」 強張る背中に赤い筋が付くと共に、彼の口から声が漏れる。 瞬間、ベッドに身体が沈み込み、息を吐く音が聞こえた。 「う、ん……そんな、感じ、で」 赤い筋が増え、腫れ上がって行く背中。 自ら行っているのも関わらず、その痛みを想像しないでいることが辛くなってくる。 掌に滲む汗が、ベルトの持ち手を滑らせる。 乾いた悲鳴が、徐々に思考を鈍らせていく。 もう、やめてくれ。 そんな言葉をひたすら待つことに耐えられなかった。 「イツキ、もう……」 激しく上下を繰り返す背中を擦る。 彼は身を伏したまま、顔を俺の方へ向けた。 「もう、つら、い?」 「辛いのは、イツキの方だろ?」 「オレは、良いん、だ」 上半身を起こした彼が、俺の足元に正座するような格好になる。 「オレは、裕俊の、好きに、されたいから……やめてくれとは、言わない」 戸惑う俺の顔を見て、彼は苦しげに微笑んだ。 「大丈夫。本気で、やめて欲しい時は、ちゃんと、抵抗するから」 ベルトを握り締めたまま立ち尽くす俺の下半身に、顔が近づいてくる。 股間を唇で何回か擦った後、彼は俺を見上げた。 「しゃぶらせて、くれる?」 その時、俺はどんな顔をしたんだろう。 一瞬目を細めた彼は、器用に口でベルトを外しだす。 眼下で蠢く坊主頭を眺めながら、愛おしさとは違う感情が芽生えてくるようだった。 前を開けられたスラックスの中に彼の顔が潜り込み、下着の上からモノが口に挟まれる。 温かく、柔らかな感触で腰が引けた。 彼への虐待が自分の身体にどんな変化を与えたのか。 怒張が加速する下半身の震えで、それを思い知らされる。 間もなく外へ引きずり出されたモノは、既に頭をもたげ始めていた。 邪魔になっているワイシャツの裾を少し上げながら、彼の眼鏡を外す。 熱く狭い空間で、全体が濡れる。 口の中を出し入れされ、吸い付くように先端をしゃぶられる。 目を閉じて、ひたすらにモノを咥える彼の顔が快楽で滲み、卑猥な水音が脳に沁みた。 「イ、ツキ……こっち、み、て」 その声に、彼は虚ろな目で俺を見上げる。 モノを口に含み、切なげに紅潮した見慣れない顔が、背筋を突き抜ける刺激を増幅させた。 視線を逸らさないまま、彼は頭を動かし始める。 一旦解放されたモノは、熱い吐息をかけられながら、更に弄ばれていく。 玉に舌を這わせ、裏筋をじっくりと舐る。 再び口に含む前、彼は上目遣いで呟いた。 「腰、動かして。喉の、奥まで、突いて」 限界は近かった。 頂点へと逸る気持ちが戸惑いを弱くする。 足の付け根辺りに、彼の顔が幾度となく打ち付けられる。 喘ぐような呻きと、きつく締まる喉。 快楽の波に、飲み込まれていく。 「イツキ……っ」 口の中に液体が充満し、それに包まれる感触で我に返る。 発散されたモノを咥えたままの彼は、精液を喉の奥へ押し込んでいく。 絞り尽くすようにしゃぶられた後、萎れたモノが口の外に顔を出す。 白濁液を唇の端に垂らしながら、彼は満足げな笑顔を見せた。 -- 5 -- 手首に刻まれた、赤い跡。 自由になった彼の手は、自らの身体を慰め出す。 「見てて、欲しいんだ」 ベッドのヘッドボードに寄りかかるよう座った彼は、俺の隣でそう言った。 彼の肩に腕を回し、抱えるように身を預けさせる。 乱れた格好のまま、自らのいきり立ったモノを扱く彼を見ていた。 首筋に汗を滲ませ、激しく息を吐きながら快楽に溺れる表情が、堪らない。 はだけたワイシャツの中に手を入れ、硬くなった突起をそっと擦ると 吐息に微かな声を混ぜながら、潤んだ目がこちらに向いた。 「どう、する?」 「……弄って」 「弄って下さい、でしょ?」 思わず口をついて出た言葉に、彼は一瞬怯んだような目を見せた。 揺らぐ息を整えるよう、その目を閉じる。 再び開かれた目は、何かの虜になったような光を帯びていた。 「弄って、下さい」 躊躇いの網が、徐々に解れて行くようだった。 「は……あっ」 耳元で繰り返される卑猥な溜め息。 指に力を入れるほど、その声は大きくなる。 「もっと、聞かせて」 そう囁くと、加える力とは無関係に、彼のタガが外れていく。 ひたすらに動く手の動きを制し、指を絡めるように握り締めた。 先端から滲み出た液体が纏わりついた手は、得も言われない感触だった。 半開きの唇が、焦燥感に震える。 指の中にある乳首を引っ張りあげると、同調するようにモノがピクリと反応する。 「もう、イきたい?」 「イかせて……下さい」 「まだ、ダメだよ」 握った手を、彼の胸元へ持っていく。 「自分で、摘んでみて」 ほどけた指が、戸惑いながら自らの突起を摘み上げる。 その上から手を添え、動きを促していく。 「一人の時も、そんな風にするの?」 「……は、い」 「俺に、されてるの、想像して?」 手に力を込める。 深く息を吐く彼は、うな垂れながら、大きく頷いた。 複雑な喜びが、心を揺り動かす。 「じゃあ、これから、もっとたくさん、虐めてあげる」 頭をもたげたモノに、手を伸ばす。 濡れそぼった先端を親指で撫でた後、下着の中に隠れた玉を軽く握る。 「手、縛られて、ベルトで叩かれて、興奮するんだ?」 「は、い……」 二つを交互に、軽く潰すように弄ると、切なげな表情が深くなる。 「こんなところまでガマン汁垂らして、イツキは変態だね」 自らを虐げる言葉に、彼の身体は俄かに強張っていく。 モノを静かに扱くと、上半身が少しずつ前傾姿勢になる。 「こんな……こんな、オレ、は、嫌い……ですか?」 息絶え絶えの問に、身体が熱くなる。 腫れ上がるほどに乳首を虐める彼の手を、モノに促した。 「大好きだよ。だから、イツキがおかしくなるところ、俺に見せて」 彼の性癖は、俺と出会うずっと前に、他の誰かによって目覚めさせられたらしい。 身体を虐げるほど、それが自分ではないことに、嫉妬の念を抱くようになっていく。 知らない男に付けられた傷の疼きを、俺は晴らしているだけなのかも知れない。 そう思う度に、深く深く、彼を傷つけたいと言う衝動に駆られる。 これは、本当に、愛なんだろうか。 秋も深まった、ある夜。 遅れてついた彼との待ち合わせ場所には、彼ともう一人、中年の男が立っていた。 小松と名乗るその男を、彼は昔の知り合いだとしか言わなかった。 「裕俊は大学の後輩で、時々飲みに行ってるんです」 「樹君は、酒飲むからね」 「僕に付き合ってくれるのは、彼くらいしかいなかったもんで」 都合良く後輩にされた俺は、二人の間に流れる空気を、何処と無く居た堪れない気分で見る。 「じゃ、また、その内」 5分ほどの立ち話の後、男はそう言って去っていく。 不意に振り返った彼の視線は、俺に向いていたようだった。 何か含みを持たせたその笑みが、しばらく、心に引っかかっていた。 -- 6 -- 「この間は、どうも」 思いも寄らない再会は、彼が出張から帰ってくるという日のことだった。 客先との打合せから、待ち合わせ場所に向かおうと歩いていた駅前近く。 偶然、前からやってきた男が、声をかけてきた。 「……どうも」 「会社、この辺なの?」 「いえ、客先での打合せだったので」 「もう仕事終わりなら、飯でもどう?」 「……え?いえ、折角ですが、これから約束が……」 唐突な誘いに対して怪訝な表情を浮かべる俺に、彼は顔を近づけて呟いた。 「樹とオレが、どういう関係なのか、知りたいだろ?」 男に連れて来られたのは、俺がイツキに連れられて来たのと同じ場所。 心の奥に燻る嫉妬の相手が、隣に立つ男だと気がついたのは 建物の近くの見慣れた風景が目に入ってすぐだった。 男同士でも入ることが出来る、SM専用のラブホテル。 人通りの殆ど無い暗がりの路地に足を止めた彼は、突然俺の胸倉を掴み、言った。 「お前みたいな男が、あいつを満足させられるとは、思えないね」 「は?」 「素人がままごとみたいなSMやってたって、楽しくないだろ?」 「……そんなの、あんたに関係ない」 「オレが、勉強させてやるよ」 温和な顔に、不気味な影が差す。 背筋が凍った身体に、彼の拳がめり込んだ。 膝が折れ、地面についたところで腹を蹴り上げられる。 痛みに呻く俺に、男は頭上から言葉を浴びせた。 「愛だの恋だの、つまんねぇこと言ってんなよ?」 彼の足が顔面を蹴り上げ、意識が飛ぶ。 悔しい。 そんな気持ちが、眼前のアスファルトと共に薄くなっていく。 痛みで消えた意識を取り戻したものも、痛みだった。 いつもなら被虐願望を抱く恋人の自由を奪う、拘束台。 その上に乗せられた俺の身体は、ワイシャツの前がはだけられた上半身を無防備に晒していた。 細く長い鞭が、振り下ろされる。 声も出ないほどの痛みが、足先から脳天までを駆ける。 揺らぐ視線の先に、愉しげな表情の男が立っていた。 ネクタイを僅かに緩めただけの姿に、全く不釣合いな物体を手にしている。 「これは、乗馬用の鞭でね。相当痛いだろ?」 更なる打撃に、抗う術も無く、叩きのめされる。 恐怖すら感じられない程、脳の中が苦痛に支配された。 「良い顔するなぁ。加虐心を煽るよ、君の表情は」 そう言って、彼は腕を振り上げる。 やがて、鞭が立てる風切り音だけで、身体が震えるようになる。 痛みで人を支配することは、思った以上に簡単なことなのかも知れない。 滲む視界には、俺の姿を満足そうに見る男と、黒く細い物体。 徐々に麻痺していく身体と思考の中で、俺は一つの結論に辿り着いた。 こんな行為に、愛なんて、必要ないんだ。 腹を擦る男の手の感覚が、殆ど感じられない。 視線を落とすと、おびただしい数のミミズ腫れが浮いた身体が目に入った。 「流石に、鞭じゃ勃たないか?」 「……ったり、まえ、だ」 男の手が、俺のベルトにかかる。 一瞬の表情の強張りさえ、彼には欲望の糧になる。 躊躇無くスラックスと下着が膝上まで下ろされ、萎れたモノが顔を出した。 しばらくモノを弄った後、その手が尻の方へ入り込んでくる。 僅かに動く腰周りを、手を避けるように捩ると、彼はその意図を察知したようだった。 「ケツは経験無いのか。そりゃ、調教し甲斐があるな」 懇願を口にすることは、出来なかった。 抵抗する度に立つ金属音だけが、虚しく室内に響いた。 下腹部に、生温い液体が纏わり付いていく。 尻の割れ目を指が辿り、穴を解すように指が動く。 彼の手には、見慣れた器具。 腰の下に差し入れられたノズルが穴の中に捻じ込まれ、直後に液体が逆流してくる。 「気持ち良くなる前に、ちゃんと綺麗にしないとな」 酷い違和感。 虚ろな目をして受け入れるイツキの顔が浮かぶ。 やっぱり俺は、彼とは、違う。 漏れ出て行く液体を抑えようとすると、いたぶられた腹筋が軋む。 「ぐずぐずすんなよ」 拒絶を示す俺の身体を見下ろしながら、彼は手を下腹部に食い込ませていく。 「ぐっ、う……」 呻き声と共に、肛門から洗浄液が噴き出した。 「スカトロ趣味は無いんでね。長々付き合ってらんないんだよ」 そう言いながら、彼は再度、洗浄液を腸内に押し込む。 情けなさと恥ずかしさは、ほんの少しずつ、俺の身体の抵抗を削り取って行った。 -- 7 -- 今更のように湧いて来た恐怖心が、唇を震わせる。 そんなもの、入る訳、無い。 深々と突き立てられた中指すら、動かされる度にピリピリと痛む。 「随分きついな。精々、2本が良いとこか?」 下衆な表情を浮かべる男の手には、薄い蛍光色の細いアナルスティック。 相変わらずうな垂れたままのモノが、その柔らかい感触の物体で突付かれる。 屈辱に耐えながら、歯を食いしばる。 こんなはずじゃない、そう思っても、指を抜かれる瞬間の刺激に、思わず息が荒くなった。 両足を上げられた格好で固定され、尻が軽く宙に浮く。 玩具の先端が穴に入り込んでくると、無意識に身体が強張った。 「ほら、力抜けよ」 彼の手が、尻を力任せに叩く。 その痛みに瞬間抵抗が薄れ、物が奥まで入り込んできた。 「いっ……」 裂けるような痛みと、異物感。 冷や汗が、首筋を寒くさせる。 ローションを垂らされながら、ゆっくりと出し入れされる。 動きはスムーズになっていくのに、苦痛はより増していく。 苦悶で歪んだ俺の顔は、彼の心を更に残酷な方向へ傾けたのだろうか。 引き抜かれていく一本の脇に、もう一本、淡い黄色の物体が添えられる。 「そん、な……む、り」 初めて口にした懇願に、彼は口角を上げるだけの笑みで答えた。 悲鳴は声にもならなかった。 逃れるように伸びた身体は、至る所に付けられた拘束具に引っ張られる。 目を閉じ、黒いはずの視界が、俄かに赤く染まるようだった。 「ちゃんと、根元まで飲み込めるじゃねぇか」 自分が置かれた状況を、彼の言葉で知らされる。 早く痛みが麻痺して欲しい。 そんな甘い考えが、再び聞こえる音で砕かれる。 鞭の先が、顎を捉えた。 「堕ちて来いよ、さっさと」 やっと痛みが引いたはずの腹に、新たな赤い傷が付けられていく。 折り重なる責め。 快感とは程遠い。 それなのに、行き場を失くした逃げ惑う感情が、一所を刺激する。 「やっぱ、こうじゃないとな」 しなやかな物体が、頭をもたげ始めたモノを弄る。 辛苦の中に、一条降りてくる快楽の糸。 縋って、良いのか。 「楽しそうじゃん。オレも、混ぜてよ」 突然聞こえてきた言葉に、意識が覚める。 聞き慣れた声に、聞き慣れない口調。 霞む視界の中に、もう一人の男がいた。 その瞬間、二人に何があったのか、俺には分からなかった。 腕で首を締められたらしい男は、苦しげな呻き声を上げる。 背後の男は、冷酷なトーンで、一言だけ発した。 「殺してやろうか」 抱えられた男の足が、床から離れていく。 必死で命乞いをしているような、言葉にならない声が聞こえて来る。 声が殆ど無くなる頃、男の身体は床に崩れ落ちた。 「消えろ、今すぐ」 蹴り上げられた身体は、そのまま転がり、やがてよろよろと起き上がる。 逃げるように出て行く男の背中に向かって、彼は最後の一言を投げた。 「二度目は無いからな」 異物が取り除かれ、拘束を解かれる。 安心感と共に襲い来る、身体中の痛み。 優しく頬を撫でる手に、自らの手を添えることも出来ないくらい、酷い倦怠感。 薄い視界の中に、切なげな表情が映る。 「ごめん……こんな……」 軽く顔を上向かせ、口を小さく開いた。 意図を汲み取ってくれた彼は、その震える唇を近づけ、幾度と無く重ねてくれる。 その感触に、身体が癒されるようだった。 俺の身体を貶めた男の行為。 恋人とのプレイとは全く違う、残虐な時間。 それによって目覚めた、彼の欲望。 男の言う通り、俺が彼にしていることは、只の真似事なのかも知れない。 「イツキは……俺で、良いの?」 まっすぐに俺を見つめる優しい瞳に、ふと影が差す。 「何……言ってるんだ」 「俺で、俺がしてることで、満足してる?」 それ以上の言葉を遮るよう、再び彼の唇が俺の口を塞ぐ。 「オレが求めてるのは、オレの身体が欲するものじゃない」 潤んだ目が、レンズの向こうで鈍く光った。 「君がしてくれることを、求めてるんだ。だから、君じゃなきゃ、ダメなんだ」 自由を奪われた身体を、そっと唇で愛撫していく。 微かに震える瞳を見つめながら、顎に手をかけ、視線を交わす。 場の空気に知らず知らず興奮しているのか、手にした赤い蝋燭が、掌の汗で僅かに滑る。 火を点された芯が、チリチリと小さな音を立てた。 期待を映した脅えるような表情が、心を、身体を昂らせる。 やっと辿り着いた結論。 愛しているから、その身体を虐げる。 愛しているから、その咎を受け入れる。 その感情を刻み込むよう、俺は彼の身体を傷つける。 Copyright 2011 まべちがわ All Rights Reserved.