いつまでもアメリカン。http://foreveramerican.blog89.fc2.com/ --- 玩弄(R18) --- -- 1 -- 「お前、飲み過ぎなんだよ」 「そんなこと、ないですよ」 床に転がるビールの空き缶を見ながら、どんどん陽気になっていく後輩を宥める。 「ビールばっかで、よく飽きないな」 「稲富さんだって、芋焼酎、一本空けてるじゃないですか」 「お前が飲まないからだろ?」 週末の夜、こうやって宅飲みをすることは珍しいことでは無かった。 互いの家を行き来しながら、TVを観たり、ゲームをしたり、そんな時間を過ごす。 過去に風俗に誘ったこともあったけれど、あからさまに嫌な顔をされてから、止めた。 6つ下の氏家とは、彼が入社して来た時、OJTのチューターを担当してからの縁だ。 新人研修を終え、学生時代との違いを実感してくる頃。 誰もがナーバスになりかける中で、彼もまた、同じように戸惑いを持っていた。 何の気なしに飲みに誘い、気晴らしにカラオケでもと声を掛ける内に 同じ時間を共有することが増えてくる。 彼女が出来たらそっちを優先させる、そんな約束もあったような気もするが 結局、今のような関係は1年以上続いていた。 機種変更したばかりのスマートフォンに、着信が入る。 「稲富さん、電話ですよ」 「ん?ああ」 手渡された電話をおぼつかない手で受け取った。 「もしもし?」 酔いが混ざる俺の声に、電話の向こうの同期は苦笑で答えた。 「何だ、飲んでるのか?」 「まあ、ちょっと。……で、何?」 「今度の送別会のことなんだけど……」 院卒で入社して来た同期の海老名は、開発部の出世頭。 既に家庭を持ち、人生の足固めを着実にこなしている。 未だ将来のビジョンが見えていない俺とは、まるで違う。 「来週の金曜日で良いか?」 「来週……あ、うん、大丈夫だと、思う」 同じ時期に入社したのは、確か20人ほどだった。 それが一人辞め、二人辞め、今では10人いるかいないかの状態。 月末に会社を去る同期も、新天地を目指す、と言いながら、その実は嫌気がさしたからとのこと。 それじゃ、何処行っても長続きしないだろ、と呆れたことを覚えている。 「また、後輩と一緒なのか」 「まあ、そう」 ふと視線を向けた先の彼と、目が合った。 さっきまでの明るい表情が嘘のような、何処か切なげな顔が、酔いを少し飛ばした。 「誰ですか?」 子供は良いぞ、お前もさっさと結婚しろよ。 そんな常套句をあしらいながら電話を切ると同時に、後輩はそう尋ねてきた。 「同期だよ。開発の、海老名ってやつ」 「え……でも、歳が違うんじゃないですか?」 「院卒だから、2つ上なんだよ」 単純な疑問が浮かんだのは、流れで言葉を発した後だった。 「お前……あいつ、知ってんの?」 歳も、部署も違う。 開発と俺ら営業とはフロアも違うから、後輩と同期に接点があるとは思えなかった。 「いや、知ってるってほどじゃ……無いんですけど」 核心を濁すように、彼はそう言った。 「まぁ、良いじゃないですか」 嘘を吐くのが苦手なのか、秘密をほのめかすのが好きなのか。 意味ありげな笑みを浮かべ、彼は俺のグラスを手に取って焼酎を一気に呷った。 風呂から上がると、ソファに寄りかかる様に床に座り、天を仰ぐ後輩の姿が目に入る。 ワイシャツのボタンを2つ3つ開けた状態の乱れた服装の彼は、今にも崩れ落ちそうだった。 「このまま寝んなよ。片付かねぇだろ?」 足で身体を小突くと、軽く頭を振りながら俺を見上げる。 「あー……すんません」 出来上がるのはいつものことだ。 泥酔いし、仮眠を取って、朝帰る。 それが、週末の彼のお定まりだった。 意識を取り戻したらしい彼は、もそもそと自ら飲んだビールの缶をまとめ始める。 「稲富さん」 ソファに座り、グラスに僅かに残った薄い酒を飲み干す俺に、彼は振り向かずに呟いた。 「何だよ?」 「オレねぇ……ゲイなんすよ」 ガラステーブルに置かれる缶が、小さな鋭い音を立てる。 TVに映される異国のサッカー中継の声が、やたらと遠く聞こえた。 「……は?」 「海老名さん、すげー、気になってた」 「お前……何、言っちゃってんの?」 大きな溜め息をついた彼が、俺の方へ視線を戻す。 余りに複雑な表情が、その告白の信憑性を物語っていた。 -- 2 -- 差別するつもりは微塵も無かったし、正直、日常で考えを巡らせたことも無かった。 それなのに、目の前にいる彼に抱く感情が変わったのは、確かだった。 下世話なイメージが先行してしまっているからなのか。 自分とは違う、異質なものへの嫌悪感なのか。 酒の勢いで発したその一言が、頭の中を掻き乱す。 「……マジで?」 「マジっす」 相変わらず神妙な顔をした後輩は、再びTVに視線を移す。 画面の中では、ボレーシュートがキーパーに弾かれ、ボールがラインの外へ転がっていく。 「んで……海老名が、良いって?」 「まぁ、そうっすね」 「それ……俺に、言う必要、あんの?」 「別に。言っとこうかな、って思って」 はぐらかすような口調が、混乱を苛立ちに変える。 「何だよ?俺が奴との仲を取り持ってやれば良い訳?」 「んなこと、言ってませんよ」 「意味、分かんねぇ」 「……そうっすね」 身を屈めるように床に座る後輩の頭を、ベッドの上から眺める。 俺も、彼も、さっきまでと何も変わってはいない。 ただ、秘密を、一つ知っただけ。 一緒に時間を過ごす中、真面目に仕事に取り組む姿も、だらしなく酔いつぶれる姿も見てきて 俺は、彼と言う人間を知ったつもりになっていた。 「男と、ヤったり、すんの?」 「オレは、まだ……」 その言葉に、何処かホッとする自分。 「したいとは、思うんだ」 「正直、あんまり……どーせ、無理だし」 そして、この言葉に、引っ掛かりを覚える自分。 「ヤりてーんだろ?海老名と」 小さく息を吐いた彼は、その問に、予想通りの答を出した。 「そりゃ、そーですよ。稲富さんだって、好きな女とヤりたいって、思うでしょ?」 聞いたところで、このモヤモヤした気分が晴れる訳でも無いのに。 「でも、有り得ないって、分かってる。だから、想う、だけ」 好きな女とセックスしたい女が、必ずしも合致するとは言えない、と思っている。 身体を昂ぶらせるものが、愛とは限らないことも分かっている。 優秀な同期を疎ましく思う気持ちは、些細なものであったとしても、否定は出来なかった。 これだけ面倒を見てきた後輩が持つ特別な想い。 羨ましかったのかも知れないし、悔しかったのかも知れない。 欲しくも無い物を求めて泣く子供の様な、憐れな自分が、いた。 彼の首に手を回し、こちらを向かせる。 「折角だからさぁ、俺の、しゃぶってくれよ。……出来んだろ?」 怯むような、蔑むような目が、その気持ちを確信させる。 獲られたくない。 こいつは、俺のものだ。 歪んだ独占欲が、鮮やかな興奮に変わる。 「……何で」 彼は、戸惑いを見せつつ、俺を見上げた。 「自分でするより、気持ち良さそーじゃん」 それなのに、俺の手を振り払うことは無かった。 「抵抗ねぇんだろ?男のもん、咥えんの」 「そんなこと……したこと、無いし」 「じゃ、俺で練習しとけ」 引き寄せた頭が、ベッドの下に投げ出した俺の脚に触れる。 後輩の肩の向こうでは、彼が贔屓にしているチームの選手がゴールを決めている。 もっとも、唇を震わせる男に、その朗報は届かなかっただろう。 正面に膝立ちになった彼は、俺の身体に目を滑らせる。 普段通りの時間が流れる部屋の中に置かれた、時間軸がずれた様な二人の存在。 どうせ壊れてしまうなら、さっさと壊してしまいたい。 もう、元には戻らないのだから。 「早くしろよ」 「……ホント、に」 「海老名は良くて、俺はダメなのか?」 「そうじゃ、なくて」 奴の名前を口にする度、本心が欲望に紛れていく。 頭を掴み、股間に押し付けた。 「つべこべ言ってんじゃねぇよ」 理性が戻らない内に、早く。 焦る気持ちが振る舞いを荒くさせる。 薄い布地に包まれた部分に恐怖を忍ばせた引きつる息遣いが広がり やがて、その唇は静かにモノを擦り始めた。 -- 3 -- 画面の向こうの性行為に自分を重ね合わせ、自慰行為にふける。 AV男優が添え物として扱われるのも 目の前の女を悦ばせているのは自分だと暗示をかけやすくする為。 頭の中で妄想することも出来るけれど 途中でイメージが混線することもあるから、結局は、何かしらの媒体に頼らざるを得ない。 そんな風に、自らの身体を昂ぶらせるには、何らかの "きっかけ" が必要だと、思ってきた。 今、俺の視界の中には、下着を取り払われ露わになった半勃ちのモノと、蠢く男の頭。 ゆっくりと舌が這うごとに、鼻から息が抜けていく。 後輩に女の面影を見ることも出来ず、頭の中に何のビジョンも浮かばない。 それでも、男のフェラチオに官能をくすぐられ、感じ始めている自分が確かにいる。 彼の身体を眺めた拍子に目に入る、ベッドの上に投げ出されたスマートフォン。 手に取り、それを下に向けた。 「ほら、こっち、見ろよ」 快感で手が震え、画面に収まる姿は微妙にぶれている。 モノを口に含みながら俺を見上げる彼の目は、戦慄の影を見せた。 軽やかな音と共に、一瞬が、デジタルデータに変換される。 「心配、すんなって」 小さな呻き声を上げながら左右に揺れる頭を片方の手で押さえ、抗いを封じ込める。 「今更、秘密が一つ、増えたって……問題ねぇだろ」 慣れない動きに疲れてきたのか、快楽のテンポが微妙にずれてくる。 両手で頭を掴み、腰を浮かせて、より深く喉へ差し入れた。 「ん……っぐ」 苦しげな音が性器を伝わって腰回りに響く。 奥へ突き立てる様に腰を動かすと、シーツを掴む彼の拳はより固く握り締められる。 「ちゃんと、咥えてろ」 天井を仰ぎ、全身を波立てる。 太腿の上に、仕打ちに耐える気配を乗せながら、俺は彼の咥内で絶頂を迎えた。 吐き出された精液が、尻の方まで流れて気持ちの悪い感触を残す。 ベッドに顔を埋めて咽る後輩は、息絶え絶えに呟いた。 「……なん、で」 「何、が」 傍らに転がるティッシュを何枚か引き出し、性欲の残渣を拭き取る。 「オレ、は……いな、とみさん」 屈辱に濡れる眼が、俺を見上げた。 「癪に障る、ようなこと、しましたか?」 「別に」 「オレが、ゲイ、だから?」 「そうじゃない」 違う、衝動のスイッチを入れたのは、それじゃない。 「何で……あいつなんだ」 シャツの襟元を掴み、その身体をベッドに引き摺り上げる。 間近に迫った彼の顔には戸惑いだけが刻まれていた。 視線を受け止めながら、彼の身体に手を伸ばす。 「……やめて、下さい」 「勃ってんじゃん」 指先に感じる、僅かな怒張。 俺の手首を掴み、引き離そうとする彼の行為が、事実を語っていた。 「あーゆーことさせられて、興奮する訳?」 「違う、そうじゃ、なくて」 「違わねぇだろ?」 抵抗が少しだけ弱くなる。 首筋に唇を寄せ、耳の後ろへ擦り上げた。 震える吐息が肩を掠めていく。 「抜いてやろうか?」 抵抗を身体で示したのは、その段になってからだった。 眼前の男の肩を掴んだ彼は、渾身の力を込めて俺をベッドに押し倒す。 逃げるように離れた後、仰向けになった俺を見下ろして、言った。 「……自分で、します」 眠れない夜は、すぐに過ぎた。 白む空が部屋の中に僅かな色彩を与えていく。 何も言わずに去って行こうとする後輩の気配に、声を掛けた。 「お前、どうして……あんなこと、言ったんだ」 「それ、答えたら……オレの質問にも、答えてくれますか」 「……ああ」 振り向いた先には、壁に寄りかかり、俯きがちに俺を見る彼がいた。 「隠し事してるのが、嫌んなったんです」 「俺に?」 「そう」 溜め息をつく表情が前髪で隠れ、窺えなくなる。 「世の中に、一人くらい、ホントのオレを知っててくれる人がいても、良いかなって」 重い言葉だった。 同時に、つまらない自尊心がくすぐられるようだった。 「俺で、良かったのか?」 「……どうでしょう。分かりません」 謝るべきだったのだと思う。 その絶大な信頼に対して、自分が犯した愚かな行為を。 なのに、出来なかった。 言葉に迷う俺に、彼は問いかける。 「じゃあ、オレから、一つ聞いて良いですか」 「……何?」 顔を上げた表情が何処か挑発的に見えたのは、気のせいじゃ無かったのかも知れない。 「海老名さんに、嫉妬します?」 -- 4 -- 優秀な人間は、その存在さえも武器に変える。 自尊心を傷つけられたくないが故に湧き起こる劣等感。 良い大学を出ている訳じゃ無い、女にモテるツラでも無い。 だから、俺はあいつより劣っていても、仕方が無い。 何処かに言い訳を作って、空っぽな安らぎを得る。 それで、彼の勝ちは、決まる。 ただ、後輩との関係に対してだけは、言い訳が思いつかなかった。 一緒に時間を過ごす中で、心を通わせてきたつもりだった。 納得できない。 負けたくない。 恋愛感情など関係なく、人間として。 「……かもな」 躊躇いがちに発した俺の声に、彼は小さく頷いて、背を向ける。 「……すみません」 それでも俺は、彼に敵わない。 去って行った言葉は、試合終了を報せるホイッスルの音のように、心に刺さった。 「お前は、辞めんなよ?」 「は?」 「これ以上同期が減ったら、寂しいだろ?」 程々に盛り上がった送別会の帰り、海老名はそう言って笑った。 同期の妬みも、後輩の恋慕も知らない男は屈託のない表情を見せる。 自分の小ささを、改めて思い知った。 「その内、また飲みに行こうな」 「もちろん。お疲れ、気を付けて」 郊外へ向かう電車のホームへ上がっていく彼を見ながら、虚しさが心を覆う。 優位に立つのは、いつだって想いを受け止める側。 俺は、このままずっと、望みを見上げたままなんだろうか。 週末という感じがしない。 すっかり習慣になった些細な時間を手放したからだと、一人、酒を飲みながら思う。 仕事の上で、後輩との関係に問題は生じていなかったけれど 彼が俺を避けているのは、明らかだった。 喧嘩でもしたのかと言われるほどの態度を諌めることも出来ず、足早に帰る姿を見送る日が続いていた。 携帯端末の中にある、秘密の一時。 数枚ある写真は、どれも苦しげで、切ない眼差しを向けているものだった。 お前は最低だと、訴えているようにも、見える。 それなのに、心が疼く。 行き過ぎた俺の独占欲を受け止める土壌を、彼は持っている。 このまま行けば、もしかしたら。 引き込まれるよう画面に指を滑らせた時、不意にドアチャイムが部屋に響いた。 時計は既に夜中の12時近くを指している。 こんな時間に、そう思いながら玄関からドアスコープを覗いた。 「……何で」 思わず出た独り言を飲み込み、ドアを開ける。 スーツ姿の彼は、ろくに俺の顔を見ないままで玄関に滑り込んだ。 「おい……」 後手でドアを閉めるなり鞄を廊下に放り投げ、俺の襟元を掴んで身体を壁に押し付ける。 「氏家」 「今日は……」 目を細めた彼の顔が近づいて来る。 飲んでいるのか、少し充血した眼差しが突き刺さる。 手の気配が腰の辺りに纏わり付き、ベルトに手がかかった。 「何、してんだよ」 「オレのも、抜いて下さい」 軽い金属音と共に、締め付けが緩くなる。 ファスナーが下され、ジーンズの中に彼が入ってくる。 その感触に、思わず眉をひそめた。 壁に寄りかかりながら、大きくなっていく快楽に身を委ねる。 聞こえるのは、息遣いと、水音と、小さな呻き声だけ。 痛々しいほどの怒張を、更に痛め付ける様に彼の舌がモノを這う。 付け根から舐め上げ、裏筋を唇で挟み、先端を吸い上げる。 余りに丁寧な行為が、身体の焦燥感を益々加速させた。 唾液に塗れた欲望の塊は、彼の手によって解放される時を待っている。 あと一歩、その段になって再び彼の口の中へ吸い込まれた。 「ん……っ」 抜けていく声を押さえる様に腕で口を塞ぎながら、目を閉じた。 緩急のある刺激が上半身を痺れさせる。 喉の震えが腕に響いた。 長い助走期間の末、衝動が、彼の中へ飛び出していく。 床に座り込み、肩で息をする彼を見下ろす。 萎れたモノの先から彼に向かって糸を引いていた液体が、フッと消え去った。 「どうした、お前……」 「……無理、だから」 「何が?」 俺を見上げたその顔は、紅潮し、興奮を隠しきれないでいる。 恐らく、身体の昂ぶりも感じているのだろう。 一瞬目を細め、彼は呟いた。 「海老名さんとは、無理、だから」 -- 5 -- 「お前……ふざけんなよ」 身を屈め、彼の襟元を掴んで上半身を起こさせる。 半開きの口からは、不快な臭いが漂ってきた。 「何だ?俺は、海老名の、代わりか?」 「そういう、意味じゃ」 苦しげに言葉を発する目が、真っ直ぐに俺を見る。 「何が違うんだよ?なら、奴のもん、咥えてりゃいいだろ?」 軽く左右に振れる頭に、心が掻き乱された。 「……嫌われたく、ない」 その一言が、俺と同期の差を、目の前に突き付ける。 僅かに震える身体を、廊下の床に押し倒す。 馬乗りになった状態で、感情のやり場を探していた。 「俺には嫌われても、良いって?」 「オレのこと、嫌い、ですか?」 負けている、俺は、こいつにも。 無駄な抵抗を、するしかなかった。 「……ああ、嫌いだよ。反吐が出るほど、嫌いだ」 俺の言葉に切なげな表情を浮かべる理由は、何処にあったのだろう。 「それでも、良い」 「は?」 「稲富さんには、嫌われても良い。でも、繋がってたい」 混乱の中で揺さぶられていく感情。 縋ろうとする自分が、情けない。 後手に、彼の身体を弄る。 太腿から股間へ伸ばす手に、燻ぶりを見せる興奮が感じられた。 「俺のチンポしゃぶって、ムラムラしたいって、だけか」 スラックスの上からモノを掴み上げると、後輩の顔が痛みに歪む。 「他、当たれよ。そういうとこ、あるんだろ?ホモ同士が掘り合うような、さ」 こいつは、俺の気持ちに、感づいているのかも知れない。 俺がこいつを嫌いになれないことを、分かっているのかも知れない。 「稲富さんじゃなきゃ……嫌なんです」 ファスナーを下ろし、服の中に手を挿し入れる。 男のモノの感触が、指先に直接的な嫌悪感と、妙な興奮を与えてきた。 揺らぐ吐息が耳をくすぐる。 彼の頭を掴み、真っ直ぐにその視線を受け止める。 「……わっけわかんねぇ」 徐々に膨らみを増していく性器を擦りながら、俺は自分の立場を主張した。 「心は、あいつにくれてやる。でも……お前の身体は、渡さない」 彼の手を引き、身体を起こさせる。 狭い洗面所に押し込み、鏡に向かって立たせた。 カウンターに手をついた彼の上半身と、その肩口から覗く俺の顔が映り込む。 「お前がどんな顔してイくのか、教えてやるよ」 鏡の中の俺を見る彼の視線は、震えていた。 下半身に手を伸ばし、待ち侘びる部分をスラックスから引き出す。 「抜いて、欲しいんだろ?」 「……はい」 先端に滲み出る液体と纏わりつく陰毛が絡みつき、手に妙な感触を残す。 喉を締め付けるような息が吐き出され、消えていく。 顎に手を添えて上向かせると、苦しげな声が漏れてくる。 唇をなぞりながら口の中へ差し込んだ指先に、熱を帯びた舌がくすぐったい感触を走らせた。 「あ……っぐ」 舌の付け根辺りを押さえつけながら、モノを扱く動きを早める内に 喘ぎが耳を刺激し、唾液が指を伝う不快感すらも愉しげに思えてきた。 「すっげ、ベッタベタ」 首筋に舌を伸ばし、耳元で意地悪く囁くと、彼の肩が悶えるように強張る。 「もうイきそうなのか?早ぇな」 「う、あ……」 快楽に押し潰されそうな男の身体は、俺の胸の中に徐々に沈み込む。 子供の頃、欲しかった玩具を買って貰った時の様な高揚感が湧いてくる。 その肩の向こうに見えた物に、不意に嗜虐性が煽られた。 硬くなったモノから手を離すと、彼は戸惑いの表情と共に顔を上げる。 「下、脱いで、風呂入れ」 腕を伸ばし手に取ったスプレー缶で、俺が何をしようとしているのか、悟ったのだろう。 「良いだろ?どーせ、誰に見せるもんじゃねぇんだから」 下半身だけを露わにした後輩は、俺の様子を窺いながらユニットバスへ足を踏み入れる。 バスタブの縁に座らせ、その前に跪く。 屹立したモノは張りを失うことなく天を向き、根元の陰毛が濡れて絡み合っている。 スプレーを数回軽く振って、その部分へ噴射すると、あっという間に股間が泡に包まれる。 見上げた彼の顔には、明らかな憂い。 けれど、その口から、何も言葉は出てこなかった。 剃刀を当てて滑らせると、経験の無い感触が泡と共に流れ、周りより若干白みがかった肌が見えてくる。 髭とは違う、長く縮れた毛が、一舐め毎に剃刀に纏わりついた。 シャワーの水流と共に現れる、違和感のある姿。 筋の浮いた性器が、やたらと卑猥に見えた。 「海老名には、見せらんねぇな」 所々に剃り残しはあるけれど、遮る物が無くなった股間に指を滑らせながら呟く。 横目で俺を見る彼は、一瞬目を伏せることで答えを返した。 -- 6 -- 「やっぱ、自分で抜け」 中途半端な昂ぶりを抱えた彼の身体を、部屋のベッドの上に追いやる。 皺になったワイシャツの裾を掴みながら、彼は壁を背に俺を見ていた。 何かを乞うような視線を感じつつ、俺は向かいの机に寄りかかり、スマートフォンを手にする。 「ちゃんと、見ててやるからさ」 画面いっぱいに映り込む後輩の身体は、屈辱的な行為を受けた後にも拘らず興奮はそのままで やがて、躊躇いながらシャツのボタンを外していく様が、静かに流れ始めた。 黙々と自らを慰める小さな身体を、指先で擦り、叩く。 この機械を買ったのは、何回か前の週末、彼と自宅に向かう途中の量販店だった。 オレも同じやつにしようかな、と新しい玩具を弄りながら笑っていた姿を思い出す。 それなのに、今は、手元の端末に猥褻なデータが蓄積されつつある。 悔しさとは裏腹に、この身体を好きに出来るという浅ましい期待が背筋を寒くする。 心なんか、いらない。 負け惜しみだと分かっていても、そう唱えることで、彼への執着心を自分に植え付けた。 「じれってぇな」 息遣いが荒くなり、身体が前後に揺れ始める頃。 ベッドの上の彼に近づいて前髪を掴み、上向かせた。 「手伝ってやるよ」 震える唇から抜ける呼吸が一瞬止まり、何かを待っているかのように薄く閉じる。 歪んだ眼に引き寄せられそうになる欲求を抑え込む。 「……それは、奴に、とっとけ」 ネクタイで後ろ手に縛った彼の腕が、背後に胡坐をかいた俺の腹に当たる。 身体を寄りかからせるように引き寄せると、肩口に頭が沈んだ。 胸元まで開けられたワイシャツの中に手を挿し入れる。 鼓動に揺らぐ身体の感触がダイレクトに伝わってきて、衝動が目を覚ます。 薄手のTシャツの中に浮かぶ突起を指で軽く弾くと、彼の鼻息が耳を掠めた。 「感じんの?」 眉間に浅く皺を寄せながら、彼は頷く。 「ふ~ん……」 二本の指で摘み上げ、引っ張る。 「いっ……て」 堪え切れない声を追いかける甘い吐息。 下腹部で存在を主張するモノに、うっすらと筋が立つ。 改めてシャツの裾の方から両手を入れ、胸元へ擦り上げていく。 指先に当たる乳首は、確かに硬くなっているのかも知れない。 数回指を揺らして刺激を与えた後、やや強めに捻る。 「……い、たい」 彼はそう呟きながら、小さく身体を捩った。 けれど、紅潮した顔と吐息と、その身体は、それが本音であることを示していない。 指に力を籠める。 「白々しいんだよ」 「っあ」 短い悲鳴が、彼の喉元を大きく揺らす。 こめかみに浮いた血管に舌を這わせながら、得も言われぬ高揚感を舐め取った。 「お前の身体、遊び甲斐があるな……玩具みてぇ」 絶頂寸前のモノを扱きながら、膨れ上がった二つの玉に手を伸ばす。 「う……っは」 「パンパンだな」 「も……む、り」 「何が?」 「イ、く」 身体の強張りと途切れ途切れの掠れた声を、全身で感じる。 もう少し、遊んでいたかった。 足を大きく開かせ、腰を浮かせるように抱き上げる。 尻の方へ移動する手の気配に、彼の動揺は大きかった。 「なっ……」 「どうした?」 「そ、こは……」 我慢汁に濡れた指先が、穴を捉える。 脈動する入口が嗜虐心を煽る。 「突っ込んで欲しいんじゃ、ねぇのか?」 「きた、ない……から」 この期に及んでの冷静な抗いに、思わず失笑した。 「じゃ、次からは、てめぇで綺麗にして来い。良いな」 肩に圧し掛かる後輩の頭が、焦燥感に耐え切れずに大きく揺れる。 先端から浸み出る汁を塗り込むように指で弄り、そのまま彼の口元に持っていくと 熱い舌が指に絡みついてくる。 「はぁ……」 「だらしねぇ顔だな」 口元から垂れる唾液を掬い取り、柔らかく乳首を愛撫するだけで、身体が大きく跳ねた。 「うっ、あ」 「感じ過ぎだろ。ここでイっちまうんじゃねぇの?」 刺激を求めるかのように、彼の上半身が俄かに反っていく。 「こうか?」 ぬるつく乳首を引っ張り上げ、離した。 「ああ……っ」 「もっとして欲しきゃ、ちゃんと口で言え」 「ち、くび……もっと……いじ、めて」 吐き出された朦朧とした声に応える様、指を折り曲げ、捻り潰す。 「ひ、っ」 引きつった鋭い悲鳴は、明らかに痛みを訴える。 それなのに、彼のモノから出て来る透明な液体に、白い物が混ざり始めた。 指だけで押し広げられていく彼の本性を見ながら、異様な興奮が脳を支配する。 痛みに蝕まれる身体が細かな痙攣を繰り返す。 「ドMらしく、ここで、イっとくか?」 心なしか腫れた乳首を擦りながら囁いた時、彼の本能のスイッチが入ったのか。 「……っは」 一瞬強張った身体は、吹き出された精液と共に弛緩していった。 -- 7 -- 増えていく、被虐の記憶。 膨らんでいく、加虐の欲望。 壊れてしまいそうな女の身体では味わえない、ギリギリの責めが楽しめるようになるまで それほど時間はかからなかったと思う。 知らなかった世界に足を踏み入れて、初めてその広さに唖然とする。 サディズムとマゾヒズムが渦を巻く中に、俺たちは飲み込まれる。 壊れた笛のような音が、異物を押し込まれた彼の口から漏れている。 「声、出すなよ?」 瞳を潤ませたまま、既に震えを見せる彼は小さく頷いた。 種々の玩具で無様な格好にされた男を、室内に置かれたカメラが捉える。 秋の気配を含んだ風が、狭いバルコニーに入り込み、抜けていく。 手元のスイッチを入れると、足元にしゃがみ込む彼の身体は鞭打たれたように仰け反った。 首輪に繋がれた鎖を引っ張り上げると、その顔が天を仰ぐ。 貧相な体つきが、凄惨さを強調する。 ボールギャグの端から垂れる唾液が、脈打つ喉仏を濡らし クリップで挟まれた乳首を経て、頭をもたげ始めた性器がコックリングに締め付けられる様が見えた。 開脚させられたままで固定されている尻の下に足を入れると、爪先に異物が当たる。 押し込むように軽く蹴り上げると、後輩は酷く圧迫された声を吐息に忍ばせた。 狭い路地を、改造されているであろう数台のスクーターが爆音を鳴らして走り去る。 静かな住宅街に、癇に障る能天気な笑い声を残していく彼らを見ながら 自分のしていることが如何に不毛なことなのかを感じていた。 二人の関係を壊してでも手に入れたかった彼の気持ちは、ヒビが入るどころか益々強固になるようで 会社では、俺と視線を合わそうともしなくなった。 俺の気分を煽るよう、開発部に異動したい、そんな軽口を叩く様子を見せることもあった。 けれども彼は、必ず、週末の夜に家にやって来る。 そして、何も言わず、その身体を俺の手に委ねていく。 翌朝、俺に残されるのは、二人の間でなされた記憶と記録。 心は、いつまでも、立ち止まったままだった。 勃起し始めたモノの先から、液体が垂れ、バルコニーの床に小さな染みを残す。 彼の脇にしゃがみ込み、体内に捻じ込まれている二本の玩具を手で捏ね繰り回した。 声になりかけた音が、なだらかに空気を揺らす。 「我慢汁、床まで垂れてんぞ?」 耳元の囁きに、彼は軽く首を振る。 抵抗を見せることで加虐心を駆り立てることを、彼はこの短い期間で覚えたらしい。 快感に心酔しきったモノは、リングに締め付けられながら、悦びに首を振っていた。 ボールギャグを外し、代わりに自分のモノを挿し込んで口を塞ぐ。 唾液に濡れた咥内の感触が全身を巡った。 鎖を引かれたアンバランスな姿勢のまま、彼はゆっくりと俺のモノを慰め始める。 暗がりの道に、女性の物と思われるヒールの音が流れていく。 遠くからは、パトカーか救急車のサイレンが歪みながら聞こえてくる。 バルコニーの低い壁に寄りかかりながら、俺は彼のなすがままにされていた。 彼の身体を虐げているのは俺なのに、この夜の主導権を握っているのは、彼。 罠に嵌っている気がしていても、それから抜け出そうと言う思考が働かないのは 何処かに彼を振り向かせる糸口が無いのかを、必死で探しているからなのかも知れない。 滾る身体が、風に曝されながら大きく震える。 頭を押さえながら、腰を振った。 股間にじわじわと集中していった衝動が、一気に抜けていくような感覚が堪らない。 「ほら……飲め」 上ずる声に呼ばれた彼の視線が、絶頂を呼ぶ。 ふと目を細めながら窄められた口の中に、俺は自らの欲望を吹き出した。 「オレは……ケツの中を、玩具で掻き混ぜられて、ヨガる……変態です」 ベッドの上で俺に寄りかかり、宙に視線を泳がせる後輩。 両腕は変わらず手錠で繋がれ、激しき波打つ身体の中心に屹立したモノがあった。 向かい合わせるように置かれたパソコンのディスプレイでは 自ら受けた仕打ちの時間が、静かに流れている。 それを見せながら淫語を言わせるのが、二段階目の凌辱。 「あんなことされんのが、嬉しい訳?」 肩口から首に沿って舌を這わせると、身を捩る様に背中を強張らせる。 「……おかしく、なりそう、な、くらい」 「もう、おかしくなってんだろ」 指先でモノの先端を撫でると、切なげな声が部屋に響く。 「はっあぁ……」 「声、でけぇよ」 口の前に差し出した指に、彼の舌が伸びてくる。 いやらしい動きをしながら絡むねっとりとした感触が、鼻息を荒くさせた。 「も……ヤバ、い」 「あ?何が」 「何とか……して」 「何言ってんのか、全っ然分かんねぇ」 喘ぐような息を吐きながら、彼は羞恥の言葉を口にする。 「恥ずかしい、チンポ扱いて……溜まったザーメン、絞り出して、下さい」 彼の口を塞ぐ手に、軽くその歯の感触が刺さる。 混乱と悦びの声が全身から滲み出るようだった。 伸びきった上半身が、扱く手の動きに合わせて浮き沈みを繰り返し、ベッドを軋ませ 脈動する手の中の性器の感触は、益々独占欲を大きくさせる。 「んん……っ」 やがて、間を置かず限界に達した彼のモノから、大量の精液が飛び散っていった。 腹の辺りを垂れていく液体を指で掬い取り、口の中へ突っ込む。 荒い息を漏らしながら、彼は味わうように指をしゃぶる。 「俺のと、どっちが美味いんだ?」 虚ろな眼で俺を見上げる彼は、酷く満足そうに、呟いた。 「いなとみ、さん……のが、すき。また、飲み、たい」 -- 8 -- 異動一ヶ月前の辞令は、ウチの会社では相当早い方だろう。 同期から話を聞いていたので、俺の中での心の準備は出来ていたけれど 上司から言い渡された時の部署の雰囲気は、驚きに満ちていた。 「今度さ、インドネシア、行くんだよ」 前の週末。 「海外旅行か?」 「違うよ、仕事」 珍しく飲みに誘ってきた海老名は、笑いながら酒を呷った。 国際支援関係の大規模計画がある話は聞いていたが 現地に支社がある訳でも無く、一建材メーカーであるウチの社員が現地に赴くことは無いと思っていた。 「ゼネコンの下で、現地に合わせた材料の開発をするんだってさ」 「お前が?」 「……そ。いくつか来るメーカーの統括しろって」 期間は3年。 戻って来た時には、課長か、それクラスの役職が待っているのだろう。 やりがいに満ちた栄転、他人事ながら、そんな印象を受けた。 「で、さ」 俺の手元のグラスに氷と焼酎を入れた彼は、ふと神妙な表情を見せる。 「開発の方で、人を一人補充しようって話になったんだよ」 「へぇ」 「お前のこと、推しといたから」 「はぁ?」 「開発に興味あるって、言ってただろ?」 入社以来、ずっと営業一筋。 確かに当初は開発を希望していたけれど、自分は営業向きだとやっと思えるようになってきた。 「そんなの……突然過ぎるだろ」 「オレだって、言われたの先週なんだぞ」 「何の経験もねぇし、若くもねぇのに、何で俺なんだよ」 戸惑いを口にした俺を見ながら、彼は煙草に火を点ける。 「稲富さ、新しいこと始めるのに、一番必要なものって何だと思う?」 「え?……知識とか、興味とか……」 煙を吹き出しながら微笑む顔は、悔しい位に大人で、穏やかだった。 「度胸だよ」 「……度胸?」 「オレも、海外事業なんて初めてだし、英語だって得意な訳じゃ無い」 滅多に無い、不安を吐露する同期の姿。 「でもさ、踏み出したら何とかなるんじゃないのかって、思うようにしたんだ」 仕事も出来る、人間的にも出来ている。 些細な弱点を探り出そうとしていた浅はかな俺とは、全く違う。 やっぱり、こいつには叶わないんだと思い知らされた。 「稲富なら、商品知識もある、実力もある。それに、度胸もあると、オレは思ってる」 「……買いかぶり過ぎだろ」 「そうじゃない。お前は、自分を過小評価し過ぎてるんだよ」 それは、新人の頃から言われ続けてきた自分の欠点。 「新しい所で、能力を再確認する良い機会じゃないか」 灰皿で煙草を揉み消し、自身のグラスを手にした彼は、俺のグラスに縁を当てて音を立てる。 「まだまだ先は長いんだから、折角の心機一転を楽しもうぜ」 引き継ぎ期間に余裕があると思いきや、異動に伴う研修もその間に含まれる。 結局は、賞味二週間ほどしか自分の時間を取ることは出来ないようだった。 営業職から開発への異動は、殆ど例の無いことなのだと言う。 これも、海老名の力添えがあったからなのか。 不安も尽きないけれど、彼の言葉が、背中を押してくれるようだった。 「……お先です」 「お疲れ」 背中合わせの位置に座っていた後輩は、そう言って席を立つ。 終電も間近な時間、部署には、もう俺と彼しか残っていなかった。 顧客リストはまだ整理しきらない。 タクシーも辞さない、そう覚悟を決めてパソコンに向かい直した時だった。 「知ってたんですか?」 背後から声が掛けられる。 「何を?」 振り向かずに、問を返した。 「異動の、こと」 「先週、聞いた」 「どうして……言ってくれなかったんですか」 海老名から件の話を告げられた夜、俺は氏家と変わらず倒錯の時間を過ごした。 話す機会は、確かにあった。 それでも、言えなかった。 話してしまえば、彼の中で何かが変わる。 もしかしたら、この身体すら俺から離れて行くんじゃないか、そう思って、言えなかった。 「言って、どうなる」 そう言う俺に、彼は言葉を返さなかった。 「……お前には、関係ないだろ?」 鞄か何かが落ちる音が、思わず身体を振り向かせる。 その瞬間、俺の肩口を両手で掴んだ彼は、そのまま身体を力任せに机へと押さえつけた。 「氏家っ」 「大ありでしょ」 予期しなかったことに狼狽える俺とは対照的に、彼は至って冷静に見えた。 椅子の背が軋み、身体が滑ると共に紙の擦れる音が頭を掠める。 股の間に捻じ込む様に自身の膝を座面に乗せ、後輩は更に体重をかける。 「何……してんだ。離れろ」 「嫌ですよ」 システム天井のライン照明が、急激に大きくなる後輩の頭に遮られる。 混乱の中で、俺は、初めて彼と唇を重ねた。 -- 9 -- 触れては離れ、また触れる。 繰り返される軽い愛撫で開かされた唇の間に、彼の舌が入り込む。 その度に呼吸が遮られ、不安定な身体の痛みと相まって、まるで軽い拷問のようだった。 苦しさから喉が鳴ったそのタイミングで、彼は首を傾げて俺に問う。 「稲富さん、オレのこと、嫌いですか?」 「……何?」 上半身を重ねるように圧し掛かる彼の身体。 意図的にやっているであろう膝の動きは、股間を撫でるように小刻みに動く。 「お前……やめろって」 「いーでしょ。……どーせ、しばらくしたら、いなくなるんだから」 首筋を滑る舌の感触に、背筋が寒くなる。 「こんな、とこで」 本気で抵抗出来ないのは、この瞬間にほだされかけているから。 きっと、後輩もそれを分かっている。 唇を重ね合うことだけは、ずっとしないでおこうと決めていた。 心なんかいらない。 最後の砦を崩さないよう、自分の中で一つだけ、禁忌を作り、守ってきた。 踏みにじられた誓い。 僅かな面積から伝わってくる彼の全てが身体中を震わせ 砦の向こうにある嫉妬と敗北感に塗れた恋心が、顔を出し始める。 彼の腕に頭を抱えられながら、幾度となく口づけを繰り返す。 不自然な姿勢のまま昂ぶる身体が、自制心を揺らがせる。 「週末、まで、待てないのか?」 「待てません」 静かに身体を撫でていく手が、やがて太腿を擦る。 「稲富さんだって、待てないでしょ?」 「いい加減に……」 「キスだけで、反応しちゃってるじゃないですか」 指先が、変化を見せつつある部分を捉えた。 思わず引いた身体は、当然のように椅子に遮られる。 「しゃぶれって、言って下さいよ。いつもみたいに」 こんなことは初めてだった。 会社にプライベートは持ち込まない。 ましてや、この場で性欲を発散させようなんて、考えたことも無かった。 就業中に彼の姿を見ても、夜の彼とは別人だと、そうまで思い込ませてきたのに 開かれるスラックスのファスナーから僅かな熱が逃げ出すのと共に、その矜持すら奪われる。 「オレねぇ、稲富さんの、あの眼が好きなんです」 「……眼?」 「そう。オレを散々いたぶってる時の、冷たくて、高圧的で、すっげぇやらしー眼」 欲情を明らかにした歪んだ眼に、思考の全てが吸い取られる様な感覚。 「あの眼で見られるとね、もうそれだけで、勃ちそう」 無理矢理引っ張り出されたモノが、彼の手の中で膨らんでいく。 「舌、出して」 唇の上に舌を這わせながら、彼は囁く。 誰か来るかも知れない恐怖と、快感に浮かされる背徳感が思考を鈍らせた。 軽く突き出した舌を、唾液を絡めた彼の舌がゆっくりと舐る。 口淫を模したかのような執拗な行為。 中にまで入り込んだ舌は、軽く吸い付きながら全体を味わうように犯す。 混ざり合う唾液といかがわしい水音が、段々と抗う気持ちを削いでいく。 「ほら、早く。オレのこと、軽蔑して。咥えろって、言って」 視線の先には、まだまとまり切れていない資料の束と、やりかけの表が映るディスプレイ。 ブラインドが下ろされた無機質な窓が、非常灯に小さく照らされていた。 片肘を机につき、頭を支えて目を閉じる。 それほど座り心地の良くない椅子が、彼の頭の動きと共に音を立てる中 息を殺して、後輩から与えられる快楽に耐える。 苦しいほどに気持ち良い。 静かに引き出されるワイシャツの中に、彼の手が入り込む。 脇腹を擦られるくすぐったささえも、絶頂への後押しにしかならなかった。 腹の辺りから上がって来る痙攣が、深く喉を鳴らす。 同時に出ていく精液が、彼の体内へと吸い込まれる。 苦しげな呻き声を上げて飲み込んだ彼は、名残惜しそうに萎れたモノをしばらく咥えていた。 「何、やってんだよ……」 床に膝立ちしたままの彼が、俺を見上げる。 「最後の、思い出作り」 「はぁ?」 「会社でするなんて、興奮するじゃ、ないですか。一回、やってみたいと思ってて」 満足そうに笑う彼が取りだしたのは、俺が持っているものと同じスマートフォン。 自分に端末を向けた彼は、俺のモノに舌を這わせながら、その光景を記録に収めた。 立ち上がった彼は、疼いているだろう自身に一瞥をくれた後で俺を見る。 頬に添えられた手に呼ばれるよう、顎を突き出した。 近づいて来た彼の顔は、けれど、眼前で止まる。 「稲富さん」 「……何」 「オレのこと、好きでしょ?」 心を見透かす眼が歪み、答えを待たないまま、彼は唇を重ねる。 「……身体だけじゃ、満足、出来ないんでしょ」 俺の胸中を代弁するように囁きながら、俺の言葉を遮り続けた。 彼の中にいる男が、誰なのかは未だ分からない。 もしかしたら、身体を虐げる俺の向こうに、あいつを見ているのかも知れない。 そんな恐怖が無い訳では無かった。 しかも、俺が抱く気持ちを分かっていながら、性欲を満たし合うだけの関係と割り切っているのなら 告白は、何の意味も無い。 弄ばれてるのは、俺の方か。 「どーでもいい、そんなこと」 彼の肩を掴み、立ち上がる。 机の上に置いていたスマートフォンを手にし、彼の身体を反対側へ押しやった。 「ここで抜けよ。見ててやるから」 その時、俺はどんな目をしていたのだろう。 怯んだ彼の表情の影に、悦びが覗く。 後輩は、その場に腰を下ろし、ゆっくりと自らの身体を弄り始めた。 Copyright 2012 まべちがわ All Rights Reserved.